見出し画像

バーンサムリ村#4

 八十歳を過ぎたMaiの父親は無口な男で、僕の「ホッファー、パパぁ」の言葉に、「うむッ」と言った表情で小さく頷いただけだった。母親は胸の前で両手を合わせた後、口元だけでぎこちなく小さく微笑んだ。いい歳の大人三人、そして言葉が通じない者同士、僕もMaiの両親も、どんな風に互いの意思の疎通を図って良いものか分からず、両親にすれば反対するわけも行かず、かと言って手放しで賛成するのも変、何も言えず、ただこの場は黙って見ているしかない……自分が反対の立場であれば同じであろうと僕は思った。
 Maiには別れた夫との間に二人の子供がいる事は、Maiから聞かされてもいたし、写真も見せられてもいた。上の男の子は17歳で名前はVin、下の女の子は11歳で名前はDao。二人とも難しい年頃である。Vinがadidasのグッズを欲していること、Daoがチョコレートが好きなこと、前もってMaiから聞き出し、それらを日本から買って来てる。そして、それらはすぐに手渡せるように足元に用意してあるが、母親が見も知らぬ他国の男、それも親子ほども歳上の日本人と結婚するのだ、そんなもので簡単に二人の心を釣れるだなんて思ってもいない。懐いてくれるどころか、鋭い視線を投げつけられ、拒絶されるであろう。長い時間をかけて、焦らずにゆっくりと、意思の疎通を図っていくしかないことは覚悟していた。そして今日、否が応でも顔を合わせなければならないことも……僕はその時ふと、日本で暮らす2人の娘の事を思った。娘たちは今、どんな生活をし、幸せに暮らしているのだろうか?……と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?