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090 集団ヒステリーが好き <下>

(↓前回からの続きです)

『はだかの物理学』

4.
 大学2年生の頃入っていたサークルで慰安旅行に行った。
 泊まった旅館の大浴場は、よくある「朝と夜で男湯と女湯の場所が入れ替わる」制度のやつだった。
前日の夜に飲んで、朝風呂に入ると、昨日の夜の大浴場には無かったプールが併設されており、普通に風呂の延長線上で裸で入ってもいいところだった。

 しかも、日程なのか時期なのか立地なのか、その時期は我々以外ほとんど宿泊客も居なかった。
プールの真新しさと開放感に、普通のお風呂はそこそこに、裸でプールに入り皆大ハシャぎだった。

 15mぐらいのプールの端から端まで泳ぎまくっているうちに、「水泳のスタートのように、思いっきり蹴り出して泳ぐことで大きな波が起こる」ことが楽しくなってきた
次第に、人が集まってきて、みんなで波を起こしてキャッキャキャッキャ遊んでいると、そこらじゅうでジャバジャバどんどん波が大きくなって行った。

 そのうちに誰かが「…このままさ、みんなで手つないでグルグル回ったらすごい大きな渦できるんじゃない?」と言い出した。

 もはや波を起こすことにハイ(Wavers-Hi)になりまくっている我々にとって、この提案はまさにコロンブスの卵的発想に映り、すぐにやってみよう!!!!となった。
15人ぐらいの男たちが手をつなぎ、フォークダンスのマイムマイムのように回りだした。

 すると、洗濯機の中の水流のように、大きな渦が中心に出来たのだ!
「ウォー!!!」と大歓声を上げる我々は、その後もバターになる程にグルグルグルグル回り続けた。

5.
 ひとしきり回って渦を楽しんだ後、またある者が「じゃあさ…このまま何人かずつに分かれて、手つないで壁作ってさ、そのままプールの端と端から歩いて来たら、めちゃくちゃデカイ波出来て真ん中でドーン!ってぶつかるんじゃない!?!?」と提案し始めた。

 先の”洗濯機の水流式実験”の成功を受けて、機運の高まっている我々研究チームは「なる!!!すぐやろう!!!」と即決した。
10人以上集まった全裸のでんじろう先生。知的好奇心という名の空気砲が爆発しているのか、あるいはIQが2なのか。

 かくして、8人ずつぐらいに分かれて、手をつないで横に並び壁を作り、プールの端と端から歩き出すこととなった我々。
「せーの」の掛け声で一斉にスタート…その距離は近づいていく、10m、5m、3m…そして1m…

 結果として、何の波も起こらず、プールの中心にただただ無言が訪れた。
手をつないだ全裸の男たち16人がただただ向かい合う形となった。
「何も起こんねえ~!!」とひとしきり笑った後、自分たちの集団ヒステリーに気づいた…2個目のコロンブスの卵は腐っていた…

 この事件は後に「はだかの物理学」と呼ばれて、しばらく語られた。
結果、1時間ぐらいプールの中に浸かりっぱなしだったので、水から上がった時、下半身がめちゃくちゃ重かった。
「重え…」と鈍い声を上げながら、我々は大浴場を後にした。

6.
 こういった集団ヒステリーの最中は、本当に「我を失っている」。つまり無我の境地ということで、仏教的にもよろしい状態だ。
対象が何であれ、何かに熱中し、合一して無我の境地に到れるのは幸せだと思うし、それが集団で発生するというのはかなり奇妙で楽しい。

 そして、好むと好まざるに関わらず、こういった無我夢中の集団ヒステリーというのは制御できないし、逆に意図的にこういうゾーンに入るのは、やろうと思っても出来ないことだ。

 端から見たり、後から自分たちで振り返っても頭がおかしいことがほとんどだが、集団ヒステリーを起こしている時間は濃密なので最高だと思う。
「集団ヒステリーは無我夢中への入り口」だッッッ!!!

<完>

うれしいです。