見出し画像

暗幕のゲルニカ(著者:原田マハ)

著作者名:原田マハ 発行所:株式会社新潮社 2018年12月21日発行


ピカソ作品の「ゲルニカ」をピカソの恋人で写真家のドラとピカソ研究者瑤子の目を通して見た作品である。時代は、第二次世界大戦をめぐるものと21世紀のものを交互に描いている。

ピカソは、1937年5月に開催されるパリ万博スペイン館に展示する作品の制作を依頼される。

1936年に勃発したスペイン内乱は、クーデターを起こしたフランコ将軍率いる反乱軍がスペイン共和国軍を追い込みつつあった。ドイツとイタリアのファシスト政権の圧倒的な支援を得た反乱軍は、ゲルニカを無差別攻撃する。

ゲルニカ空爆のニュースに触れ、ピカソの中で激しく渦巻く、憎悪、狂気、苦悩、憤怒、それらをピカソはカンヴァスに表現した。その「ゲルニカ」は、パリ万博に出展される。

2001年9月11日、米国同時多発テロ事件が発生する。瑤子の夫のイーサンも被害に会い亡くなる。米国政府は、「テロとの戦い」を鮮明にし、国連の安全保障理事会で、大量破壊兵器を所有する疑いのあるイラクに対し、武力行使に踏み切るかどうか議論する。そして、米国国務長官が、国連で記者会見に臨む。「武力行使やむなし。」

しかし、国務長官の背後にあるはずの「ゲルニカ」がない。暗幕が下がっていた。アメリカの武力行使は、断じて「ゲルニカ」の再現ではない、と言いたいのか。ホワイトハウスは、ナチスがゲルニカに対して行ったものと似たような行為をこれからイラクに対してやります、と表明したようなものだ。

ニューヨーク近代美術館のキュレーターの瑤子は、「ピカソの戦争:ゲルニカによる抗議と抵抗」とする企画展を計画する。「ゲルニカ」は、戦争の愚かさの、つまりは反戦のシンボルとして認識されている作品である。

「ゲルニカ」に暗幕を掛ける指示をしたのが、MoMA(ニューヨーク近代美術館)理事長のルース・ロックフェラーと瑤子という噂が流れる。ホワイトハウスに火の粉がかからないようにする「スケープゴート」にされたのである。

ルースは力強い声で瑤子に告げた。「マドリッドに行きなさい、ヨーコ。「ゲルニカ」をニューヨークへ連れて帰るのよ。そして、MoMAで展示するのです。闘いなさい、ヨーコ。ピカソと共に。」

はたして、瑤子の企画展は成功するのか。「ゲルニカ」は無事か。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?