『大切なモノを作る』#3


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「彰久さんの今日の予定は何ですか?」

 朝食後、ミミは皿洗いを終えてから問うてきた。
 こんなことまで任せてしまうのはいかがなものかとも思ったが、ミミが絶対やります、と言うので任せてしまった。

「何も予定ないけど……」
「でしたら、お出かけでもしませんか? 外に出たら気分もきっと爽快になりますよ!」

 今の僕の気分が悪いように見えたんだろうか。どんな気の回し方をしたのかは知らないが、ここはミミの提案に素直に乗っておくことにした。
 ミミがここで暮らすならばその日用品だって揃えなければならないし――と、そこまで考えて、この状況にもう順応し始めてしまっている自分に少々驚く。これで本当に良いのかな、なんて考えながらも、半分やけくそ気味でもあった。もう、どうにでもなれ。

 その後シャワーを浴びて、出かける支度を整えた。その間、ミミは大人しくソファに座って僕の準備が終わるのを待っていた。
 朝11時。ミミと揃って家を出る。靴はひとまず僕のスニーカーを貸した。ぶかぶかだったけど、何も履かないよりかはマシだろう。

 最寄り駅周辺に辿り着くと、こじんまりとしてはいるが百均やユニクロ、スーパーである程度のものが揃えられる百貨店がある。そこに入って、まずはミミに合う靴と部屋着、下着類を整えることにした。
 ミミは見慣れないのか、きょろきょろとして浮足立っている。それなりに目立つからやめてほしい。
 とりあえずミミを婦人服コーナーへ連れていく。僕がとんでもなく場違いなような気がするが、仕方がない。僕はミミの兄だ。そういうことにしておこうと自分に言い聞かせる。

「ミミ、僕はあまり女性ものの衣服とかよくわからないから、適当に必要な分だけ見繕ってて。その間にお金おろしてくるから」
「え! そんな、悪いです」

 昨日あれだけ図々しく我が家に転がり込んできて、更に朝食まで我が物顔で食べていたくせに、こういうところは遠慮するらしい。どういうことだ。

「いいから。何もない方が困るでしょ」

 困惑するミミを置いて、僕は丁度近くを通りかかった店員さんに靴と部屋着を1セット、下着類を2セット見繕ってもらえるようお願いした。
 少々定員さんは不審な顔をしていたが、あまり深く聞いてくることもなく。少々お待ちくださいね、と言って店内からそれっぽいものを持ってきてくれようと探しに行った。
 ミミの傍を離れる間際、念のために耳打ちをしておく。

「ミミ、何か聞かれたら君は僕の妹ってことにしておいて。両親と喧嘩して下宿中の兄のところに何も持たずに家出してきちゃったって話すんだ」
「え、なんでですか」
「その方が怪しくないからだよ」

 不思議そうな顔をしながらも、ミミはこくりと頷いた。
 それに安心して「じゃあ行ってくるね」と告げてからミミの傍を離れる。そして近くのATMコーナーへと向かった。
 女性ものの衣服がどれくらいかかるかわからなかったが、とりあえず5万円くらいを口座からおろしておく。

 去年母が事業家を再婚をし、それがきっかけで仕送り額が倍以上になった。しかしなんとなくその金に手を付けるのに抵抗感があって今までずっと貯金していたが、こんな形で使うことになろうとは。
 お金には困ってないとはいえ、自分でもどうしてミミにここまでするのかよくわからなかった。
 強いて言うなら、彼女の境遇に同情してしまった、のだろうか。

 自分自身に呆れながら、僕はミミのもとへと戻っていった。


 * * *

 戻ると、ミミは店員さんの着せ替え人形のようになっていた。
 自分自身で選ばれた服へ好みを言うことが出来ないせいか、悩んでいるうちにあれよあれよと着せ替えられている。僕も服に対してあれこれ思う感性がなかったのもあって、案外僕とミミは似ているのかもしれないなと思いながら、助け船も出さずに見守っていた。

 ようやく一式が整った頃には、店員さんにミミを託してから1時間程経過していた。会計をするときの店員さんは、疲れつつも笑顔が輝いていたように思える。結局全部で4万円ちょっとかかった。

 買った靴を早速ミミに履かせて、店を後にする。お昼を過ぎていたので、1階にあったマックでお腹を満たした。
 ミミはハンバーガーを食べたのが初めてだと言って、興味津々になりながら頬張っていた。

「彰久さんはハンバーガーがお好きなんですか?」

 もぐもぐとしながらミミが聞いてくる。

「別にそういうわけでもないけど。たまに食べたら美味しいな、くらい」
「そうなんですか……」

 しょぼん、と落ち込んだような表情を見せるミミ。僕にとっての大切なモノを作ると言った彼女は、ひとまず僕の好きな食べ物を知ることから始めようとしたようだ。
 その表情を見て、少しばかり罪悪感が生まれる。なんだか僕が悪いことをしたみたいだ。

「好きな食べ物は焼きそばだよ」

 なんだか可哀想になってきて、聞かれた訳でもないのに教えてしまった。それを聞いたミミは、パッと表情を明るくさせる。

「じゃあ今日、焼きそばの材料を買って帰りましょう!」

 うきうきとした表情のミミに断る気は起きず。「わかったよ」と答えた自分の声は、呆れながらも笑っていた。


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