『大切なモノを作る』#4

≪前へ 次へ≫


 その後、スーパーに寄ってから焼きそばの材料を買った。
 ミミは焼きそばを作るのが初めてらしく、僕が言った材料を言われるがままに買い物かごに入れていった。自分1人で生きてきたと言っていた割に自炊はできないのか、とミミの謎が深まる。

 荷物も多くなったのでそのまま家に帰ったが、少し目を離した隙にミミは眠りについていた。窓際の日の当たるスペースですやすや眠るその姿にあどけなさを覚える。
 昨日の夜あまり眠れなかったんだろうか、なんて考えながら毛布をかけておく。僕は読みかけていた本を読むことにした。

 自分以外の人間が部屋にいるのは落ち着かないと思いきや、案外落ち着いて本を読み進めることができた。
 それに気づいたのは、いつの間にか18時を回ったことに気づいたときだった。

 ごろり、ミミが寝返りを打ったことに気づいて目を向ける。
 1人でいることには慣れていたし、その方が落ち着くと思っていたが、ミミの存在に妙な居心地の良さを感じている自分に驚いた。出会ってからまだ24時間も経過していないのに、不思議なものである。
 いや、ミミの話を信じるならば、過去に僕はミミに会ったことがあるのか。僕の警戒心が薄かったり、居心地良く感じるのはそれが原因なのか?

 ぼんやり、そんなことを考えながらミミの姿を眺める。
 ミミは丸くなって、すやすやと未だ眠っている。まるで猫みたいだな、と思った。


 * * *


「できました!」

 時刻は20時。1時間程前に目を覚ましたミミはいそいそと焼きそばを作り始めて、ようやくそれが完成したらしい。
 作り方も知らなかったらしく横で教えようとしたのだが、それを拒否したミミは焼きそば麺の袋に載っている作り方を凝視しながら頑張っていた。

「いただきます」

 机に並べられた焼きそばを一口食べる。

「どうですか?」

 ミミは不安げに僕の様子をうかがうように覗き見る。
 焼きそばの味は、まぁ、不味くはなかった。しかしニンジンに火が通っていなくて固い。その割に豚肉は焦げている。

「初めて作ったにしては上出来なんじゃない?」

 少なくとも今朝の黒焦げハムエッグよりは良いだろう。
 一応誉め言葉のつもりで言うと、それにミミは満足したらしい。「良かったです!」そう答えて、焼きそばを頬張り始めた。

 朝食やハンバーガーのときも思ったけど、ミミはすごく美味しそうに食事をする。実際美味しいと思って食べているからなのかもしれないけれど。
 今朝といい、誰かと一緒に食事をすることに居心地の良さを覚えるのは、このミミの食べ方のせいもあるような気がしてきた。



 夕食後、ミミ、僕という順で風呂に入った。ミミは昼寝をしたからか、23時過ぎになっても眠気が起きないらしい。

「沢山本があるんですね!」

 僕が風呂を出て部屋に戻ったときには、部屋の中にあった本棚を物色していた。今日店で買った白地に黒の縞模様が入ったパジャマを着ている。いつの間にか更も洗い終わっている。仕事が早い。

「本が好きなんですか?」
「まぁ……嫌いじゃない」

 本を読むのは暇潰しになるし、他にやることもないから読んでいるだけだ。たまに自分の好きな作風の小説に出逢えると夢中になってしまうが、それに出逢えることはなかなかない。
 だから、本を読むことが総じて好き、というわけではないと思うが。

 僕のそんな想いを知ってか知らずか、ミミは首を傾げていた。これだけ本が揃っているのに「好き」とは言わなかった僕のことが不思議なんだろう。

「じゃあ、おすすめの本はありますか?」

 聞かれて、少々悩みつつも幾つかの本をミミに見繕ってみようとした。が、ミミくらいの年齢で、しかも女子ともなるとどんなものが良いのかわからない。

「……考えとく」

 結局そう答えるしかなかった。ミミはそれを聞いて、少々残念そうな顔をしつつも「約束ですよ!」と言った。
 誰かとこういった小さな約束をしたのはいつぶりだろうか。
 ミミがにっこりと微笑みながら僕を見つめるのを見て、なんだかとても大切な約束をしたような、そんな気持ちになった。

「……寝る」

 なんだか照れ臭くなって、会話を強制終了させようと試みる。「はい!」とミミは、そんな僕を不審がることもなく返事をした。
 部屋の隅に置いてあった、折り畳み式の簡易ベッドを持ってくる。ミミはそれを目をぱちぱちとしながら見つめ、「なんですかこれ?」と首を傾げた。

「ミミのベッドだよ。流石に床に寝るわけにはいかないだろ」
「え、いいですよ! 昨日も床で寝ましたし」

 考えないようにしていたが、やっぱりそうだったのか。
 昨日勝手に1人で寝始めてしまって、その後ミミがどうしていたのか気にならなかったわけじゃない。しかしなんとなく申し訳なくて聞き出せずにいた。臆病者である。

「これ使って。友達が泊まりに来たとき用にって親に買わされたけど、結局使ってないやつなんだよ。逆に使ってくれた方が買った甲斐もあるし」

 納得しきっていないミミの隣に簡易ベッドを置いて、その上に布団をかけた。夏だし、1枚で事足りるだろう。
 それだけ済ませて僕はさっさと自分のベッドにダイブする。小さなミミの「ありがとうございます」という声が聞こえた気がしてそちらを見ると、ミミはいそいそと布団の中に潜っていた。

 それからは無言。
 ミミはやはり昼寝をしたせいで眠れないのか、ごろごろと寝返りを打つ音がしたけれど、僕は買い物に出たのが少々疲れたこともあってか、すぐに眠りに入っていった。

「おやすみなさい」

 薄れゆく意識の中、ミミの声が聞こえた気がする。それに返事をできたかどうかは、よく覚えていない。
 しかし、久しぶりに眠るときにその言葉をかけてもらえた気がして、言いようもない満足感が得られた。そんな気がした。


≪前へ 次へ≫


皆様のサポートが私のモチベーションに繋がります。 よろしければ、お願いいたします。