『大切なモノを作る』 #2

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 ――翌朝。
 目を覚ますと、部屋に何かが焦げたような臭いが漂っていた。何事かと思って起き上がると、部屋の隅にあるキッチンの前に誰かが立っている。
 白いワンピース。長くて黒い、サラッとした髪。

「あ、起きましたか?」

 少女がこちらを振り返って笑う。その姿を認めた瞬間、昨夜の出来事がすぐに蘇ってきた。

「起きた、けど……」
「丁度良かったです! 今朝ご飯出来たところなんですよ~」

 にこにこと笑って少女が皿を持ってくる。既にローテーブルには白米の盛られたお茶碗が2つのっていた。
 いや、待て。何故キッチンを勝手に使っているんだ。
 ツッコミどころがありすぎるのと、朝であまり頭が働いていないのもあって何も言う気力が湧いてこない。何もしなくとも朝食が出てくるのは喜んで良いことであるようにも感じるが、状況が状況なので素直に喜ぶこともできない。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、少女は両手に持っていた更をテーブルの上に追加した。ハムエッグらしい。しかし黄身以外はほとんど真っ黒で焦げている。
 先ほど臭ったのはこれか。

「ちょっと失敗しちゃったんですが……少し焦がしたくらいが美味しいって聞きますし、食べられますよ!」
「少しどころじゃないと思うけど……」

 文句を言ってみつつも、折角作ってもらったのに食べないのもなんだか申し訳ない気がしてベッドから降りる。
 席についてから、毒でも入ってないだろうかと少し心配になってしまった。

「あ、お箸持ってきますね!」

 しかし少女の様子を見ていると、そんな疑念を抱くことに罪悪感を感じてしまう。昨日会ったばかりなのにそう思えてしまう程、なんというか、少女の振舞いに悪意が感じられなかった。
 いつの間にか箸が何処にあるのかなど把握されているのはちょっと怖いけども。

「はい、どうぞ!」
「……ありがと」
「いただきまーす!」

 箸を僕に渡すと、少女は早速朝食を食べ始める。僕の家の食糧の筈なのに躊躇がない。図太いな。
 焦げているのにも関わらず美味しそうに食べているその姿を見て、僕もハムエッグを食べてみた。
 焦げてはいるが、食べられなくはない。塩コショウが効いているので調味料を加えずとも良さそうである。

 誰かに作ってもらった食事を誰かと一緒に食べるなんて、いつぶりだろうか。一人暮らしをし始めたのは2年前からだけど、高校時代も母親は仕事であまり時間が合わなかったので、食事は1人でとることが多かった。
 少女の纏う柔らかい雰囲気のせいか、出会ったばかりである筈なのに妙な居心地の良さを感じてしまう自分に少々驚きである。こんなに僕は警戒心のない人間だったか?

「……ミミは、どこから来たの?」

 流石にこんなにも少女に対する情報量が少ないのに、気を許しすぎてはならないという何かしらの意地のようなものが発動して、少しでも情報を得ようと質問をしてみた。
 ミミは口の中に入れていたご飯を飲み込んでから、答える。

「ご近所からです。彰久(アキヒサ)さんのお力になれればと思ってお邪魔することになりました」
「なんで僕の名前知ってるの……」
「彰久さんが前に教えてくれたんですよ?」

 にっこり、笑った少女に意味がわからなくなってくる。
 待て、僕はこの少女と出会ったことがあるのか? いや、覚えがない。が、この口ぶりからすると僕が覚えていないだけなんだろうか。

「彰久さんは覚えていないかもしれないのですが、私は彰久さんに助けられたことがあるんです。それで、恩返しができればと思ってやってきました!」
「悪いけど、覚えてないから恩返しとか別に……」
「いいえ! それでは私の気が済みません! どーんと大船に乗ったつもりでいてください!」

 ドヤ顔でそう言うミミという少女。自分に助けたという記憶がないのに恩返しされるというのは不思議な心地である。というか、この子の言う恩返しって何だ。

「まずは彰久さんのことをもっと沢山知っていくことが大切だと思うので、暫くこの家でお世話になりますね!」
「は?」
「家事もお手伝いしますので、何でも任せてください! どーんと大船に乗ったつもりで!」

 またもやドヤ顔である。今日ハムエッグ焦がしているというのに。そして大船に乗る、という言葉が好きなんだろうか。
 というか、この家でお世話になるって言ったか?

「いや、それってどうなの。親御さんとか心配しないの?」

 男子大学生の部屋に14歳くらいに見える少女が寝泊まりするって、すごく犯罪臭がするんだが。僕捕まるんじゃないのか。完全にアウトな気がする。
 しかし、

「親はもう他界しているので大丈夫です」

 彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
 この年で、親が他界している?
 聞いてはならないことを聞いてしまったようで、一気に罪悪感が芽生える。

「私はその後1人で生きてきました。だから心配する人もいませんし、大丈夫ですよ」

 どうやって1人で生きてきたというのか。こんな幼い子が。
 詳しく聞きたいような気もしたけれど、どの質問が地雷になるかわからず「そっか」としか言えなかった。聞くのが怖くなってしまった。
 それに、彼女が「これ以上聞くな」と言っているように感じた。微笑んでいたが、そう言っているような圧がそこにはあった。
 そしてそんな彼女を強く追い返すことは、出来なかった。

 ――こうして、不思議な少女との同居生活が始まった。
 8月上旬。夏休みの始まりの出来事だった。


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