『大切なモノを作る』#8【完】

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「で、その後どうなったの?」
「どうって、それでおしまい。ミミはさよならも何も言わずに消えてった」

 僕の返事に、目の前の彼女は顔を顰めた。

「そんな言い方しないの! ミミちゃんの気持ちも考えてみなよ? さよならなんて言いたくないに決まってるじゃん! 夢の中で想いを託したんだよ、きっと!」
「はいはい」

 なんで彼女がここまでミミに対する僕の発言に怒るのか。少々疑問に思いつつも、同じ女同士何かしら感じるものがあるのかもしれないなと思うに留めておいた。

 大学生時代の話を久々に振り返って、改めて思う。
 ミミは、何だったんだろうか。

 あの白猫がミミの姿になって僕の前に現れた、というのがおそらく1番説明がつくとは思う。ミミの言動から考えても、その線が1番濃いような気はしている。
 しかしそんな非現実的なことがまさか自分の身に起こるとは、自分自身が未だ信じがたい。
 ただ1つ、ミミと過ごした時間の記憶が自分の中に残っていることだけは確かだった。結局僕は、その記憶を信じて、ミミの正体について考えるのはもうやめにした。
 あの出来事が僕にとって大切な思い出となった。それで、充分だった。

「彰久君がここまで細かく昔の話してくれたの、珍しいよね」
「そう?」

 喫茶店を後にしながら、彼女は満足気に微笑む。なんとなくその雰囲気にミミが重なって、少々自分に呆れた。
 昔親しい間柄にあった人物――人、と呼べるのかはわからないが――と今お付き合いをしている彼女を重ねるなんて、なかなか失礼なことな気がする。彼女にバレたら怒られるかな。

「そうだよ! よっぽどミミちゃんのこと好きだったんだね」
「……どうだろうね」

 自分の中で答えは出ていた。けれど、それを認めるのはなんだか悔しいという気持ちもあって素直に肯定はできず。

「きっとミミちゃんも、彰久君のこと大好きだったと思うな」

 僕の気持ちはお見通しなのか、僕がミミのことを好きだったという前提で話が進んでいく。否定するものでもなかったので、大人しく言われるがままになっておいた。

「これぞまさに猫の恩返しだよ。それまで執着心のなかった冷たい彰久君が、何かしらを大切に想う感情を手に入れて、やっと一人前の人間になれた。すごく素敵な話じゃない」
「途中僕のことディスってたよね?」
「そんなことないよー」

 メメを飼うことになった経緯を知りたい、なんて彼女が言うから話したのに、ここまで言われるとは心外だ。
 文句を言ってやりたい気持ちがあったが、彼女がとても楽しそうに笑うものだからそんな気持ちもおさまってしまった。彼女の笑顔には弱い自分がいることを自覚し、ほんとに自分は変わったなと自分で自分に驚く気持ちが大きい。

「ミミちゃんがいなかったら、私と彰久君もきっとこうはなってなかったよね」

 彼女と出逢ったのは、メメを美容院へトリミングをしに連れていったときのことだった。彼女はいつも行く美容院のトリマーで、毎回お世話になって話をするうちに仲良くなった。
 あのとき子猫だったメメももう10歳。立派な大人になっている。

「そうかもしれないね」

 彼女の言葉に軽く頷くと、また彼女は嬉しそうに笑った。

「帰ろっか」
「うん」

 メメの待つ自宅へと2人並んで歩き始める。
 彼女とメメを、大切にしようと改めて思った瞬間だった。


「貴方にとって大切なモノは何ですか?」突如目の前に現れた少女は言った。「思い浮かばないでしょう?」僕は図星を突かれて黙ったまま。しかし彼女は微笑んで、「だから貴方にとっての大切なモノを、私は作りに来たんです」そう言った彼女は、僕に大切なモノが出来ると、何も言わず成仏していった。

~大切なモノを作る~
【完】


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