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モルテン・シュルト=イェンセン 合唱指揮マスタークラス

2022年11月に全日本合唱連盟と株式会社コーラスカンパニーによって招聘されるデンマーク人指揮者モルテン・シュルト=イェンセン。彼の合唱指揮マスタークラスが11月23日に東京で開催されます。

SNS等で告知し、すでに多くのご応募をいただいている本クラスですが、モルテン・シュルト=イェンセン(以下MSJ)のことをあまりご存知でない方もいらっしゃると思い、かんたんに紹介記事を書こうと思いました。

と、自分で話をする前に、これをお読みいただいている方はぜひ上記のサイトに行って、ハイデルベルク教会音楽大学合唱指揮科教授でもある安積道也さんの本講座の推薦文をお読みいただきたいと思います。

《推薦の言葉》
モルテン・シュルト=イェンセン教授の指揮法講座によせて
モルテン・シュルト=イェンセンの音楽の素晴らしさは、徹底した歌詞の読み込みと、作曲家、作詞家そして作品への深い理解に根ざしています。その解釈を響きに直す術として指揮法があるわけですが、ひとたび氏が腕を振ると、和音ひとつで歌い手も聞き手も否応なく感動を覚えてしまいます。そんな夢のような指揮法は、決して魔法やカリスマではなく、非常に知的に積み上げられた技術体系の上に成り立っています。(後略)
続きは上記コーラスカンパニー社サイトで。

巷では、しばしば「『バトンテクニック』がうまい」ということと、「姿をみていると音楽が伝わってくる」ということがえてして分離して語られるように感じます。前者がいわゆる指揮法と呼ばれるテクニックに分類され、後者は単にセンス・オブ・ワンダーのようなことのみとして捉えられることもあれば、「マエストロの名言」のようなものとして語り継がれがちだったりします。

そんな中でMSJ氏が成しているのは、前者のうち真にはオーガニックでない部分を合唱の響きと歌い手の身体のために再考・アップデートし、後者(に分類されがちな)未解決部分にしても、それを解剖学的にあらためて分析したうえで、新たなテクニカル要素として取り入れるような試みです。

僕の師匠はよく「国際標準指揮」と言っていた

たとえば標準的な四拍子の図形があったとして、この「型」を無批判に取り入れた時、たとえば上腕が3で外、4で上に向かうようなことがあり得ますが、そのような身体の動きでアップビートを振れば歌い手の呼吸への負担が増し、歌う邪魔になるような動作になってしまいます。そのdisturbingな動きを、合唱団側がいつのまに飼いならされるかのように無視する技能を得てしまう、大変不幸な状況も往々にしてあり得ます。あるいは歌に対してセンスのある指揮者なら、図形の本質部分を外さずとも上記のような動きの方向性を自然に避けて振ることができるような場合もあるときはあるでしょう。

これは一例に過ぎませんが、こういったことを個人の「センス」の問題とするのではなく、「テクニック」側の説明不足によるものでもあることを認めた上で、さまざまな研究に基づき新しい技術体系を構築・実践しているのがMSJ氏です。

合唱で歌っていると「この人の指揮は歌いやすい」「この人の音楽は好きな気がするけれど声が出ない」なんていうことがしばしばあると思います。それが、勘やセンスだけの問題ではなく、かなり大部分において説明可能な現象である、ということが彼の指導の中でどんどん明らかになっていくでしょう。そしてそれらを明確にした時、真にテクニカルには語れないもの──すなわち音楽的感覚について、これまでよりさらに鋭敏に味わうことができるようになっているでしょう。

もうひとつ加えて言うなら、この視点で合唱指揮ということがここまでみえている人は、ヨーロッパにも他に誰もいないのではないかと思います。


今回のマスタークラスでは、モデル合唱団として僕と谷郁が主宰するプロ合唱団vocalconsort initiumが出演することになっています。僕と谷は、留学中、MSJ氏のマスタークラス(それぞれ1週間ぶっ通し)に毎年、通算5回通っていました。

6年半の留学の間、所属大学での大量のレッスンだけでなく、今思えば本当にたくさんの経験をしました。その中でもMSJ氏のマスタークラスは、常に自分が指揮者としてやろうとしていること、考えていることの根本にアクセスし、それをしばしば完全にひっくり返されるようなとてつもない時間であったことを今もよく覚えています。

とりわけ、彼とのセッションを繰り返す中でもっとも思い知ったことは、指揮者は前に立つ間すべての時間、あらゆる動き、姿、精神、が合唱団側の人間ひとりひとりに明確に作用するという事実です。「バトンテクニック」「話術」「理論知識」etc.を単なるテクニカルな情報として送り届ければ機能する、のではなくて、それは「機能していると自分を思い込ませているだけ」なのかもしれないと。そして、自分の存在を投げかけて指揮をするというのはなんて怖いことなのだろう、とも強く思いました。

そんなことを思ったのが最初にマスタークラスを受けた9年前ですが、そこから当然いろいろな変遷を経て現在があるわけですが、当時のあの「怖い」という感覚は、今思えばあの時絶対に経験してよかったと強く感じます。合唱指揮者として明確に従来とは違う道を歩み始めた瞬間でした。

そんな意味で、僕にとってはMSJ氏との出会いと手ほどきは、マトリックスで言うレッドピルみたいなものだったなあと思っています笑。

安定した生活を失ったり人生が根底から覆るとしても真実を知りたいのか、満ち足りた、しかしなにも知らない状態であり続けたいか(Wikipedia)

今回のマスタークラスは1日限定なので時間が限られてはいますが、本気で知ろうとする人にはそれだけ力強いものが返ってくるはずです。合唱と指揮と音楽と、ということについて思いがある方はぜひとも受講していただきたく思います

指揮の受講生募集が9月末まで。以降、聴講生を募集することになっています。指揮受講に関しては、応募の際に直近の指揮ビデオの提出をお願いしていますが、もし万が一どうしても間に合わない、という方はご連絡いただければご相談には乗れると思いますので、少しでも興味がある方はぜひチャレンジしていただきたく思います。

→多数のご応募ありがとうございました!

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合唱指揮者 - 柳嶋耕太(やなぎしまこうた)

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