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【読書感想】台湾の歴史と日本の関係を考える本8冊

7月と8月に、台湾の歴史をキーワードに、何冊か集中して本を読みました。いずれも一般書です。
備忘録代わりに感想を書きます。次の八冊です。
私のおすすめする読む順番にて記します。


1. 「台湾の歴史と文化 六つの時代が織りなす「美麗島」」 大東和重著 中央公論新社 2020年刊

 日本統治下の台湾に暮らした日本人教員や、学者たちが当地の文化風習を調査した記録を紐解き、台湾の歴史と魅力を解説している。また日本が撤収した後、現代に至るまでの台湾の政治の変遷も分かり易くまとめられている。台湾地形地図と、先住民族、原住民族の氏族の解説と居住地地図が示されているのがよかった。日本に入ってくる台湾の情報は台北が中心だが、著者が台南の大学に奉職したことから台南に愛着を持ち、台南の歴史や文化についても多く紹介されている。

2「図説 台湾都市物語 台北・台中・台南・高雄」

 後藤修(監修)、王恵君、二村悟(著) 河出書房新社 2010年刊

 台湾には日本統治時代に建てられた市庁舎や駅、病院、デパート、工場などの近代建築物が多く残っており修復工事を経て、いまだ現役で使われ、または文化資産として保全されている。それらの魅力的な歴史的建造物の数々が多数の写真で紹介されている。歴史と建築物の由来が、地方ごとに分けて載っていて、街の様子がイメージとしてつかみやすい。1と合わせて読むことで、地理と歴史の理解が深まる。

3. 「霧の蕃社」中村地平著 WEB青空文庫 

 初出「文学界」1939(昭和14)年12月

 1930年(昭和5年)に、台湾中部南投県で先住民族セデック族が起こした日本人に対する大規模な武装蜂起事件「霧社事件」に材を取った小説。1895年(明治28年)から始まった日本の統治において、「理蕃政策」に対する反発から各地で現地人や先住民族と衝突が起きた。1919年(大正8年)以後、「同化政策」がとられた後も、大小の抗日運動は続いた。それらが平定されたかに見えた頃に起きた事件で、当時日本社会に大きな衝撃を与えたという。
 事件後数年しか経っていない時期に書かれたにも関わらず、どちらの味方もしていない冷静で写実的な筆致。台湾に入植した日本人集落の様子や、セデック族の風習やものの考え方、事件制圧に日本軍がとった徹底的な報復作戦がよく取材されて書かれているように思われる。

4.  「街道をゆく 四十 台湾紀行」司馬遼太郎著 朝日新聞社1994年刊
「台湾小景 街道をゆくスケッチ集」安野光雅著 朝日新聞社1995年刊

 1~3を読み地理と歴史、歴史上の人物を頭に入れた上で、この「街道をゆく」を読んだ所、とても面白かった。登場人物に一気に色彩がついて立体になり、ページから立ち上ってくるようだった。まるで、若手から実力派俳優まで勢ぞろいのNHK大河ドラマを見ているよう。
   おそらく私が台湾の歴史をよく知らないまま読んでいたら、「一般教養の読み物」として軽く読み流してしまって、ここまで面白いと感じることはできなかったと思う。
とくに、1「台湾の歴史と文化 大東和重著」に詳しく登場の教員、民俗学者国分直一に関しては、終戦後も台湾に残留して先住民の研究を続けた彼の功績と、それを支えた恩師の存在が書かれていて、彼らの情熱や誠意まで感じられた。
 鄭成功、第四代台湾総督 (1898~1906) の児玉源太郎、彼の右腕であった後藤新平、児玉・後藤時代に上下水道を作った土木技師浜野弥四郎、嘉南地方の水利事業に尽くした土木技師八田與一、教育者伊沢修二( 台湾総督府の初代学務部長、音楽教育とスポーツが豊かな人間性をつくることを提唱、後年の教育者たちに大きな影響を与えた ) 等々、歴史上の人物が、司馬氏の膨大な知識(中国「史記」や日本の古典、台湾の古書からの引用、公文書手紙文等の資料情報)が加えられ、一気に血が通ったようになる。
 司馬が訪れた台湾各地の風景や歴史が、当地で対談した人々(李登輝総統 (当時)、老台北(らおたいぺい)こと蔡焜燦(さいこんさん)、プユマ族首長大野氏(日本名を持つ原住民)、湾生の日本人たち、日本語を学ぶ現地の大学院生等々) の人となりを絡めて明解に綴られている。

今まであまり読んでこなかった司馬遼太郎。今年は生誕100年という事で、書店でも売り場に特集が組まれている。他にも読んでみようと思った。

 本(もとは週刊誌の連載)の装画を担当した安野光雅氏。司馬氏に同行して現地に取材し、絵を描いている。それを集めて別にまとめたものが画集「台湾小景 街道をゆくスケッチ集」である。2「図説台湾物語」の写真と比較しながら読んだ。挿絵は写真と同じものを写していても、どれも安野氏の絵になっているのである。
 司馬氏は安野氏の事を、「街道をゆく四十 台湾紀行」の中で下記のように評している。

詩情という点では多くの人が、自分がわらべであったころよりひからびている。しかしまれに、自分のなかにわらべをのこしたまま、風雪に堪え、老いに堪え、しかも自分のなかにわらべをまるまると桃色に肥らせているひとがいる。芸術の仕事は、その体中の少年がやるのである。安野光雅画伯の場合が、そうである。

街道をゆく40台湾紀行 P244,14-245,3

5. 「台湾の少年」1巻~4巻 游珮芸(脚本)、周見信(作画)、倉本知明(訳)岩波書店 2023年刊

全4巻 岩波書店

 主人公は実在の人物、蔡焜霖(さいこんりん)(1930~)。台湾の現代史をそのままたどるような彼の波乱万丈の人生を漫画化した作品。
テーマの一つが1847年~1980年代まで続いた白色テロとよばれた言論統制、思想弾圧の実態。 

 本書のセリフ表記には特徴がある。台湾の歴史を反映した複雑な言語社会を可能な限り表現する試みがなされている。
 日本統治下時代の台湾台中に生まれた主人公は、家庭では台湾語(ミンナン語)を話し、学校では日本語を学習する。戦後に国民党政府が台湾に移ってくると、北京語が国語になり、新たに習得する。主人公の子供たち(1960年代生)は北京語しか話せない。本書では、セリフが日本語は明朝体で赤い文字であらわされ標準語、台湾語はゴシック体で方言、北京語は太字の明朝体で表されている。
原書では、台湾語も日本語も北京語も原語表記のまま、混在して記載されているとのこと。(WEB岩波「たねをまく」より)。
 また、主人公のおかれた状況や年齢、時代に合わせて別作家が描いたかのように絵柄やコマ割りが変えてある。
巻末に用語や時事問題、現在にいたるまでの政局の変遷について、イラスト付きの分かり易い解説がある。

単行本付録 台湾の言語、原住民族、政権の変遷、白色テロについて解説

付録の小冊子(3部)も必読。日本人台湾研究専門家による解説で、読み物として面白く、現在につながる台湾の歴史と文化の理解に役に立つ。
 なお、司馬遼太郎著「街道をゆく四十 台湾紀行」に登場する老台北こと蔡焜燦(さいこんさん)は、主人公の三番目の兄。
1巻p50 清水公学校の帰りみち図書館へ寄る場面、p142 台中一中に通う主人公が卒業後の進路を家族に相談する場面で登場している

 蔡焜霖(さいこんりん)は、台中一中に在学中に「読書会」に参加したことを後になって密告され、19歳の時に政治犯として逮捕されて懲役10年の刑を受ける。出所後は、前科があるため就職に苦労するが、語学力と文才を生かした翻訳のアルバイトに就いたことをきっかけに、漫画雑誌を創刊、出版社を設立。台湾の貸本漫画を大いに隆盛させる。しかし拡大経営が上手くいかず破産して無一文になる。後援していた少年野球チームに関わるスキャンダルにも見舞われ、社会的にはどん底に落ちる。しかし、大手広告会社の社長にひろわれて、広告業界に転じると、日本製電化製品の輸入販売に関わり大成功する。退職後は緑島時代の仲間の名誉回復や人権運動に携わっている。

 ある日突然拘束され、拷問の末、無理やり罪を告白させられて収容所おくりになる恐怖。収容所で仲間同士いたわりあう姿や、看守の目を盗んで禁書を回し読みしたり、小学校唱歌や歌仔戯を歌い気持ちを静めたこと、農作業や飯炊き、養豚など課せられた重労働にむしろ積極的に取り組み、仕事の要領や技術を学んだというエピソードに、理不尽な状況に堪えて、人としての尊厳を保つために必要なことは何かを教えられた。
 そして、二十代の10年をほとんど孤島の収容所で過ごしたにも関わらず、時代の流行をいち早く読み取って、ビジネスにつなげる蔡焜霖(さいこんりん)氏の才覚とバイタリティーに驚く。

私が本書を知ったきっかけは、こちらの展覧会で紹介されていたことから。
「台湾漫画史不思議旅行 貸本屋と漫画の100年」展 於北九州漫画ミュージアム

2022/11/26〜2023/01/22 北九州漫画ミュージアム
北九州国際漫画祭2022と同時開催

会場では、台湾高雄出身のバンド拍謝少年 Sorry Youth が「台湾の少年」を元に作った楽曲、「時代看顧正義的人 / Justice in Time ft.柯仁堅」(2021年)のMVが流されていた。その映像には、蔡焜霖ご本人と林栄基が出演している。
 展覧会では、1960年代~現在まで台湾で出版された漫画や漫画雑誌が多数展示されていた。
 台湾作家が描いたもののほかに、日本の海賊版漫画本の展示も多数。
登場人物の和服の部分がけずられて、台湾の民族衣装に書き換えられていたものなどもあり面白かった。

6.  「流 りゅう」 東山彰良著 講談社 2015年刊

2015年上半期直木賞受賞作

 舞台は1975年の台湾台北、主人公は17歳の高校生。主人公の祖父は日本撤退後に中国大陸から移ってきた国民党率いる兵隊の一員で、いわゆる外省人。その祖父が惨殺され、第一発見者となった主人公が、数年間かけて祖父を殺した犯人をつきとめていく。
 それは1930~1940年代に中国大陸で起きた抗日戦争と、その後の共産党と国民党との内戦を生き抜いた祖父の足跡をたどることでもあった。ならず者集団と言われた国民党の兵隊たちの実態も描かれている。
 犯人探しを物語の軸にして、1970後半~1980年代台北の社会経済風俗と、活気に満ちた下町に青春を送る主人公の心情が丁寧に綴られている。また、主人公を取り巻く親族や友人達、コミュニティを形成する人々がみな個性が強くて、生命力にあふれている。狐火や少女の幽霊、未来が見える老婆など不思議な要素も、当時の台北の下町ならあるかも、と思わせる。
 中国山東省青島の僻地で始まる不穏な冒頭のシーンが、回想(主人公の高校生から兵役を経て社会人になるまでの成長物語)をはさんで、最終章につながる構成。最後まで先のわからないスリリングな展開で、一気に読んだ。

7.「台湾有事」米中衝突というリスク」清水克彦著 平凡新書2021年刊

筆者は元文化放送ラジオの政治外信記者、

 現在の台湾と中国との関係、そして中国とアメリカの関係が詳細に解説されている。中国が台湾を実効支配しようとする時、アメリカがどうでるのか。台湾の馬英九政権から現在の蔡英文政権、アメリカのトランプ政権からバイデン政権の、対中国政策を分析し詳しく解説してある。日本も巻き込まれること必至の台湾有事に、どう対応するのか、安全保障に関して現実路線を取り始めている現政権の方針が明らかにされている。
 「アメリカが台湾を守るメリット」 本書p172
 「東アジアの軍事バランス」からみる解説 本書p248-249

「中国による台湾や沖縄県の尖閣諸島の奪取作戦はいきなり艦胞射撃や空爆から始まったりはしない。サイバー戦や宇宙戦をしかけたり、空母や護衛艦が出てくる前に漁船や得体のしれない武装した不法上陸を試みたりするような、テロでもなければ戦争でもないグレーゾーン事態からスタートすると想定される。」

P235, l11~l15

8. 「自由への手紙」オードリータン(語り)クーリエジャポン編集 講談社2020年刊

オードリー.タン氏は、蔡英文政権において35才で入閣
台湾デジタル政務委員大臣を務める

 インタビュー形式の本で、項目ごとに回答が示されており簡潔明瞭。
回答ではオードリータン氏の頭脳明晰に加え、誠実な人柄が伝ってきた。SNSの賢明な利用の仕方など、現実的に役立つアドバイスもあれば、精神的によほど成熟した人同士でなければ成立しないような理想的な答えもあった。
 少子高齢化で働き手不足、AIやIT技術の席捲で社会から取り残される人々、希薄になった地域社会の人間関係、感染症の大流行など、暗い未来しか想像できない現在、希望を持つために、それを実現するために、どのように物事のとらえ方、見方を変えていけばよいかをオードリータン氏は提言している。

9. ブログ「青木由香の台湾一人観光局 ほぼ日支局」 WEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」内コンテンツ

 書籍ではなくブログの紹介。現在の台湾(主に台北)の巷間の雰囲気、流行がよくわかる。親しい友人からの便りを読んでいるかのように、楽しく読める。
 筆者は、2003年から台湾在住の日本人女性。現地でライター、コーディネーター業と雑貨店、ギャラリーを経営している。仕事と家庭を持って生活している人の視線で、台湾のここが良い、ここはおかしいよという考察や、おすすめの雑貨やカフェ、人気のスポットなどの地域情報を軽快にときにちょっぴり皮肉を込めて紹介している。
 また、かつてJFN系列ラジオ放送で青木氏がパーソナリティーを努めていた番組「楽々台湾ララタイワン」が、Podcastにてリニューアル放送されている。こちらも面白い。

以上。

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