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勝手に抱いたイメージ

とあるドキュメンタリー番組紹介された人に対して、勝手なイメージを持っていた事があった。
インタビュー記事や、本人のブログで、その印象が徐々に変わっていき、最近やっと、この人はこういうことが元々やりたかったのか、とわかった。

最近になって言い出したことなのか、私がたまたま知らなかっただけなのかは、わからない。ずっと追いかけていたファンというわけではないので。
とにかく、先日やっとその人を少し理解した気がしたのだ。

これまでは、今やっている事がわかったとしても、何でそれをやっているのかな?と思ったり、言ってる事と、やってる事が、ちぐはぐに思えることもあって、何がしたいのか見えなかった。
何か腑に落ちない印象の行動や言葉に、混乱させられているような、もやっとした感じもあった。

同じドキュメンタリー番組を見た人の感想を読んだ時に、その人に対して、自分と同じようなイメージをもっていた人がいた。自分だけが異なるイメージを持っていたわけではないようだ。

ドキュメンタリーというのも”作品”であって、やらせではなくても、その人をこう見せたいと思うような切り取り、編集をすれば、本人の本来の姿とは異なる像を作り上げることは可能だ。
意図して私が誤解したような印象づけをする作品にしたのか、たまたまそう見えるような切り取りになってしまったのかは、わからないけれど。

なにはともあれ、これまで感じていた違和感に決着が着いて、なんかすっきりした。
ブログやインタビューを読み、活動内容を知り、元はこういうことをしたかったことを知り、点と点が繋がって、最初に抱いたイメージとは異なる人物像が浮かび上がってきた。
(これも実際の人物像とは異なるかもしれないが。)

人にはいろんな側面がある。わかっていても、無意識にひとつの面で、その人の印象を自分の中で作り上げてしまいがちだ。けれどそれは、こちらが勝手に抱いたイメージ。
そのイメージに何か矛盾を感じたら、まずは自分が何か勘違いしているのかも?と疑うことも忘れないように心がけたい。

<文・見出しイラスト/犬のしっぽヤモリの手>
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<© 2023 犬のしっぽヤモリの手 この記事は著作権によって守られています>

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