後編:「白峰全体を学び舎に」”白峰最強案内人”山口隆さんが目指す先
冬には白銀の世界に覆われる白峰。そんな場所で生まれた山口さんは、「白峰ボーディングスクール実行委員会」と「NPO法人しらみね自然学校」の代表を務め、ネイチャーガイドをしている。そして、2泊3日の白峰を巡る私たちの旅のガイドを担い、さまざまな人たちと出会う機会を与えてくれた。
「都会よりも、田舎のほうが学べる機会が多くある。その体験を望む人に届けたいし、白峰にまた来たいと思う人を増やしたい」。そう語る山口さんに、白峰の現状やこの先の展望を伺った。
人を受け入れる文化が根付く、白峰
白峰の人たちは、外部からきた"よそ者"の私たちにも優しく話しかけ、迎え入れようとする雰囲気がある。その理由は?と山口さんに尋ねると、「白峰には昔から人を受け入れる文化があったから」と話してくれた。
日本三大名山である白山の麓にある白峰は、信仰登山をする人たちにとっての中継地点。また、江戸時代中期には、先進的な養蚕が行われていたことから、街全体に活気が溢れ、外部から人が集まっていたのだそう。
”受け入れを拒まない”風潮は、白峰の歴史が物語っていた。だが、外部からきた人達を自分たちの暮らしの中にいれていくことは、決して容易なことではないと感じる。”人を受け入れる”ことが、白峰が抱える現状を打破するためのキーワードなのだろうか。
後継者不足、人手不足に悩む現状
「日本の農村全体が、過疎化して働き手が減少している。白峰も例外ではなく、後継者不足により、民宿や旅館などのお店がどんどん閉まっています」。
山口さんのお話は、地域を少し歩けば、すぐに実感を得られるものだった。なぜなら、街に到着後、開いているお店の少なさに驚いたから。
2泊3日のうち、終日開いていた店舗は前編で紹介した、『雪だるまカフェ』ほか数店舗のみ。大雪警報が出ていた影響も少なからずあるだろうが、山口さんがおっしゃっていた「街全体が過疎化している」事実を、肌で感じた。
昭和30年代には約3000人いた人口も、60年の年月を経て、約700人にまで落ち込んだ。白峰で一番多い年齢層は、85歳以上の高齢者女性で、4年前まで、20代の母親はひとりもいなかったという。まさに、逆ピラミッド型の人口推移を辿る。
白峰の抱える現状は、少子高齢化が叫ばれている日本の行く末を見ているようだ。”人を受け入れなければ、集落が無くなるかもしれない”そんな危機感と隣り合わせなのだ。
白峰に関係する人達を増やしたい
「今すぐ、移住して欲しいとは思わない。ただ、一年に何度か白峰を訪れる人が増えてほしい。白峰に関係する人口を増やしたいんです」。
それを実現するため取り組みのひとつとして、約30年ほど前から、白峰では、緑のふるさと協力隊というプログラムに参加している。協力隊には、地域おこし協力隊と緑のふるさと協力隊の二種類がある。
地域おこし協力隊は、総務省管轄であり、各地域の地方公共団体の臨時職員として勤務をする。つまり、「仕事」として町おこしを行うのだ。
一方、緑のふるさと協力隊は、NPO法人地球緑化センターが実施しているもので、母体や制度が異なり、地域活動のお手伝いをするプログラムだ。
白峰の場合では、大学生や社会人の参加も認められている。彼らが携わる地域活動は多岐に渡り、山菜収穫や、雪だるまカフェの手伝いなどを担うという。
「参加した人達の半分くらいは、白峰に残ってくれている。1年もいれば、周りの人達との関係性もしっかり構築され、より居心地がよくなるのでしょうね。中には、”お嫁さんに来たい”と言ってくれる子もいます」
求められるのは、自給自足する力
白峰と関わってくれる人を増やすための取り組みはほかにもあり、そのひとつが山口さんが代表を務める「白峰ボーディングスクール」だ。この学び舎では、白峰の自然豊かな環境を教材とし、都会で暮らす子どもや大人たちに向けて、次世代を生きぬくための術を教える。
「昔の人は、自給自足で生活していました。有事の際に食料自給するために、現代の人も今のうちから生きる術を身につける必要があります」。
自給自足とは、どういうことなのか。白峰の名産品である”とちもち”を例に挙げ、説明してくれた。
「”とちもち”はとちの実が原産ですが、そのままでは苦すぎて食べられない。苦みを抜くためのアク抜きをしたり、工夫をします。昔の人は、暮らしの中で知恵をつけ、これを自然に行なっていました」
ここで、とちの実を渡され、「餅にして」と言われたら、私はどうするだろうか。どうにかして知恵を絞っても、沸かしたお湯に実を入れて満足して終わりそうだ。
私が住む都会は、”自給自足”という言葉から、かけ離れた場所にある。ひとたび自宅を出れば、24時間営業のコンビニがあり、さまざまな食事が商品棚に並んでいる。自給自足ができなくても、食事に困ることがないのだ。そんな便利な暮らしに身を置くのに比例して、私たちの自給自足力は、確実に弱まっている。
生き抜くために今の自分は何ができるのか、山口さんの”自給自足”の言葉が脳内でしばらく反芻した。
100年後の未来のために、いま私たちができること
「100年後、皆さんの子どもや子孫はとても生きづらいと思います。私たちが、使い古した残り物で生きていくのですから。未来の日本に何を残せるのかを考え、この白峰の土地でできることをやっていきたい」
”田舎を田舎で終わらせない”ひたすらに未来を見据える山口さんのお話は、自身の生活や人生を俯瞰して見るきっかけを与えてくれた。自然環境や個々の価値観が急速に変化する時代で、私たちが見つめなければいけないことや取り組むべきことはなんだろうか。
白峰には、そのヒントが隠れているのかもしれない。
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