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怒りをこめてふり返れ (特別篇)

” 「私が誰かわかっているね」と彼が言った”

との歌い出しで始まるデヴィッド・ボウイ、1979年の楽曲 ”怒りをこめてふり返れ” (原題 "Look Back In Anger")は、冒頭に登場する天使と歌の「語り手」である主人公との対話 ”らしき”内容の歌詞となっている。

これについては、すでに海外の考察サイトや田中純さんの著書『デヴィッド・ボウイ 無を歌った男』でも指摘されているように、かつての ”世界を売った男” (1971年)の登場人物と関連のあるドッペルゲンガー的な主題を扱ったものだと自分も考えている。

その「分身」という主題を踏まえれば、この歌の主人公にとっての天使とは ”もう一人の自分”、もしくは合わせ鏡のような存在ということになるのだが、ここで歌われるその”彼”とは、作者のボウイ自身も言及している通り(みすぼらしく、薄汚い)”死の天使”(Melody Maker 1979年5月19日)なのである。

そして、そのキャラクターのモデルとなっているのが、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で演説を行った後、衝撃的な割腹自殺を遂げた1970年11月25日の三島由紀夫に違いないと思う。

三島由紀夫がその自決と同じ日付を最終頁に記した遺作「天人五衰」(『豊饒の海』第四巻)の英題は "The Decay Of The Angel" といい、表題の「天人五衰」とは、(ごく簡単に説明すれば)天人といえども老いや死に際しては悪臭を放ち、朽ち果てた醜い存在になっていく…という意味である。

その”老醜”を拒絶し、壮絶な人生の最終ステージに飛び込んだのが、あの日の三島由紀夫なのだが、その姿をボウイはこの曲の「生」(主人公)と対となる、「死」を象徴するキャラクターに投影しているに違いなく、トニー・ヴィスコンティのバッキング・ヴォーカルによるサビのコーラス、 "( Waiting so long, I've been waiting so, waiting so )"という印象的なフレーズもまた、ボウイはあの日の有名な演説の一部分から着想を得たはず。

それとほぼ同じ文章が三島由紀夫「最後の言葉」として残されている。

「われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。」

三島由紀夫『檄』より

ここで三島由紀夫の言う「四年待った」とは、彼が自衛隊の決起を切望した期間を指しているが、続きにもあるようにその先に「死」があるのは明白だ。

つまり、この曲で歌われる "Waiting so long, I've been~" とは死を渇望、希求するフレーズであり、(誰の言葉なのかは明らかにされていないが)自らの生命を差し出す瞬間を待ちわびている者の声なのである。
(このフレーズについては、他にクリーム1968年の名曲"Sunshine Of Your Love"からもヒントを得たのではないか)

そして、その "waiting" にも係っていると思われるコーラス部の"till you come" の ”come” に、卑語のニュアンスが込められているとしたら(よって、ここは古川貴之著『デヴィッド・ボウイ詩集-スピード・オヴ・ライフ』に倣って、”絶するまで”と訳したい)、その「死」という行為は、ある種の恍惚感を伴うものであるという解釈も可能であり、その恍惚感が死や血のイメージと大きくつながっている三島由紀夫の文学とも通底するものだと思う。

また、90年代以降のステージではあまり歌われることがなかった”Driven by the night”(”夜にその身を任せ”) というフレーズ(ただし、1996年の来日公演等では歌われていた)も後ろに 前述"till you come"が置かれることで、「豊饒の海」第二巻『奔馬』のラストシーンを想起させ、続く”See it in my eyes~”と最後の”Feel it in my voice, ~”の ”it”とは、楽曲タイトルでもある前ラインの”anger”を指しているが、とくに後者「俺の声から怒りを感じろ /絶するまで」という強烈なラインもまた、あの日の演説を想起させるものだ。

さらにカルロス・アロマー(ギター)のソロ・パートを挟んだ後のブリッジ部でも、その続きを想起させるようなフレーズが続き、「誰も彼の声を聞いていないようだった」(”No one seemed to hear him”)とは、一世一代の演説を行い、自衛隊員に決起を呼びかけるも、彼らから野次・罵声を浴びた三島の姿を重ねてしまうが、次のラインで歌われる「彼」(=死の天使)が、欠伸(あくび)をしながらめくっている雑誌の内容とは自らの死亡記事に他ならず、一見ユーモラスな光景を想像してしまうこのラインも裏を返せば、(ボウイによる)あの日の三島由紀夫の「行動」への痛烈な皮肉とも受け取れる辛辣な描写ともなっており、そこに自分は残酷さを感じてしまう。

ちなみに、この"yawning”(欠伸)という単語も、ニヒリズムを主題としたこの作者1959年の長編、『鏡子の家』の有名な冒頭部を連想してしまうが、これも三島文学からの影響だとすれば、やはり『豊饒の海』(第三巻「暁の寺」には、”地獄の底が覗けるような欠伸”という表現がある)からということになるだろうか。

だが、その経緯や背景、理由はまったく違えど、表現者として「現実」と「虚構」を行き来するうちにその境界を失くし、「死」に向かってしまったという点では、70年代のデヴィッド・ボウイも三島由紀夫と同じであり、小説家・文学者として敬意を持ちながらも、ボウイは「死」を回避できずあのような形で自らの人生を破壊してしまった三島由紀夫に対して深い同情の念を抱いていただろうし、その思いはブリッジ最後の「僕には彼がとても正気に見えた」(=気が狂れたようには見えなかった)というフレーズに込められているのではないかという気がする。

その "Very sane he seemed to me"というフレーズだが、個人的には80年代ボウイの名曲 ”ビギナーズ”(1986年)の "And I'm absolutely sane"ともつながっているように思う。

なお、三島由紀夫にも「荒野より」といったドッペルゲンガー風の短編がある。

(訳詞は一部を除き、日本盤CD付属の対訳を使用させていただきました。)
2021年11月25日投稿分を改稿


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