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オバア自慢の沖縄料理

全国各地には、色々な食文化があります。
その中でも、沖縄の食文化経験は人生の宝物になりました。

20代半ばで、全国転勤族の妻になって。
2つめの赴任地が、沖縄の宮古島でした。
今回のお話は、その宮古島でのお話です。

宮古島の海 2003年

沖縄には「ゆんたく」という言葉が有ります。
「みんなで集まって、何か食べながらお話しましょう会」と思って貰えればイメージし易いと思います。

宮古島に住むようになり、知り合いが出来ると”ゆんたく”に誘って貰える様になりました。下は20代から上は、100歳を超える方まで幅広い世代の既婚女性だけが集まるという不思議な空間でした。

毎回、必ず同じお宅が会場になり、会場主は70代前半の女性でした。そこで私は、色々な沖縄のお料理を教えて貰ったのでした。

「はい、ゆきさん。
せっかく宮古に来たのですから、沖縄料理を覚えましょうね」

そこから始まった沖縄料理プライベートレッスンは、とても不思議な経験でした。何日か前に連絡があるわけでは無く、当日電話が掛かってきて。

「はい、ゆきさん。今からお料理しましょうね。お家に来てください」

そんな感じで、何か食材が手に入ると呼び出されるといった具合です。
沖縄料理の基本は、和食とはかなり違い
「はい、そんなことも知らずに良くお嫁に来られましたね」
などと言われる事もしばしば。
でも、笑顔で柔らかに紡がれるオバアの言葉にはとても優しい物でした。

そんなある日、この日もオバアのお宅に呼び出されました。
玄関前にバイクを停めて、開けっぱなしの玄関に入り。
トートーメ(仏壇)に、ウートートー(手を合わせて拝み)して。
「オバア、こんにちは」
多分、玄関の横にある台所にいるであろうオバアに声を掛けます。
「あら、ゆきさん。いらっしゃい、ウートートーしたわね。どうぞ、お上がりなさい。お昼はまだよね、今日はねナーベラーを貰ったからごちそうしましょうね」
宮古島の高齢者には珍しく、標準語に近い言葉を語れる彼女。亡くなった旦那さんは国のお役人で、島の外で暮らした事があったとか。だから余計に、ナイチャーの私を可愛がってくれたのでしょう。

座ってくださいね、と言われて遠慮無く腰を下ろすと大きめのおぼんに幾つかのお料理が載せられ運ばれてきました。

「はい、これ。ナーベラーンブシって言うのよ。食べてくださいね」
差し出された小鉢に入ったそれは、九州・沖縄地方でだけ食されているヘチマの味噌煮でした。

夏になると、沖縄のスーパーには、ゴーヤや、青パパイヤ、ヘチマが並ぶのです。沖縄の代表的な夏野菜なのですが、静岡県出身の私。定食屋でヘチマを頼んだことは有るものの調理法は知りませんでした。

オバアがこれを出してきたと言う事は、今日はヘチマ料理を教えて貰えるのだろう。ワクワクしながらヘチマを口に入れました。定食屋のヘチマの味噌煮は、少しコリコリ感が残り、ツルンとした食感だったのです。

ところが、オバアのヘチマはツルンとして濃厚で柔らかく全く別物でした。
「美味しいです!凄い、お店で食べたのと全然違う」
大絶賛に、オバアはに和やかに笑い。
「手抜きをしなければ、ヘチマは最高のごちそうですからね」
そう言って、いつの間に持って来たのか机の下から何かを取り出しました。
スーパーの袋の中には、新聞紙に包んだヘチマが入っていました。
「はい、あげましょうね。今晩のおかずにしてくださいね」
私に手渡してくれたのでした。

当然、私は食後にお料理教室があると思っていたのです。
「ごちそうさまでした!」と手を合わせる私に
「今日は、畑の収穫をしなければなりませんので、また後でね」
急かされるままに立ち上がると、そのまま帰されてしまいました。

そう、宮古島では「また後でね」と言われれば「さようなら」の意味になるのです。本当に後で会いましょうと言う意味では無いのです。

自宅に戻り、新聞紙を開くとヘチマが3本ほど入っていました。
ちょうど2人家族の2~3回分の量です。一人暮らしのオバアは沢山貰って困り、お裾分けしてくれたのでしょう。

さあ、困った。
私はヘチマを手に、首を傾げました。
先ほど食べた料理を思い出しながら、確か皮は剥いてあったな。
輪切りにしてあって1cmあるかないかの厚みだったかな等々。
必死に頭の中で、先ほど食べた物を思い出そうとしました。

唯一オバアが言った「茄子と同じ使い方で大丈夫ですよ」。
この言葉が、ヒントでした。

でも、茄子って皮剥かないよね。ヘチマは皮剥くよね。
悩んでいても仕方無いので、私の知っている茄子の味噌煮風に調理をすることにしました。

台所に行くと、ヘタを切り落とし。ピューラーで皮を剥き。
1cmの厚みに輪切りにして、アクを抜く為に水に浸しました。
その間に、オバアはなまり節を入れていましたが。私はポークランチョンミートが好きなのでポークをカットします。そして、島豆腐もポークと同じくらいのサイズにカット。

正直、正解が分からないので適当です。
具材は、定食屋のヘチマの味噌煮定食をベースにしました。

まずは、熱したフライパンに油を入れ。島豆腐のカット面がきつね色になるまで炒めます。そして、皿に取り出す。これは、ゴーヤちゃんぷるの作り方でオバアに教わったので鉄板です。

ポークも、サッと焼いてカット面を崩れない様に軽く焼き上げて取り出しました。茄子の要領で、少し多めに油が必要だと思い油を多めに入れヘチマを入れ、中火でしんなりしてくるまで炒めました。

途中で、ヘチマが中々柔らかくならず。焦げ目がつき始めて焦る焦る。
「こ・・・これは、どうしたら良いのか」
焦った私は、エイ!と、豆腐とポークを戻し。
顆粒の鰹ダシを解いた水を、ダーッと入れ焦げを抑えました。
味付けに、砂糖と味噌を入れグツグツと煮る。

ヘチマがしんなりしてくる頃には、それっぽい感じになって。
「定食屋のヘチマだな、これ」
笑いながら、深めの皿に出来上がったベショベショの汁にまみれたヘチマの味噌煮を移し替えたのでした。

もちろん、味は定食屋のヘチマの味噌煮です。
確かに美味しいのだけれど、味に深みは無く。昼にオバアの家でいただいたヘチマとは別物でした。

オバアのヘチマは、汁が少なくトロミのある汁がヘチマに絡んでいました。そして、ヘチマは柔らかく噛むとフワッと消えていくような食感でした。

コリコリとした部分を残した、柔らかいけれど水っぽいヘチマに首を傾げた夜になったのでした。定食屋のヘチマしか知らない夫には、大好評だったのは言うまでも有りません。

翌々日、オバアから電話が入り
「美味しくできましたか、ズミ(最高)でしたか」
嬉々としたオバアに、本当の事を話しました。
「すみません、ヘチマって実家の静岡では食べないのです。
調理方法が分からなくて、定食屋の味になってしまいました」

私のカミングアウトに「アガッ!」
一言発するとしばしの沈黙の時間が流れました。
「アガッ!」とは、驚いた時に宮古島の方々が口にする言葉です。

「あ・・・、あの」
困って、何とかしようと声を出した私に
「ごめんなさいね、まさか知らなかったなんて。教えてあげますから、メモを取ってくださいね。良いですか、良く聞いて再挑戦しましょうね」

オバアが言うには、味の決め手は「ズー汁」という物らしい。
ヘチマは、必ず弱火で蓋をしてじっくり火を通す。

「いいですか、ゆきさん。絶対に、急いではダメです。じっくり、ゆっくり蓋を開けずに待てばヘチマからじわじわと水分が出て来ます。その汁が、ズー汁と言って旨味成分です。それ以外の水を入れてはいけません。十分水分が出るので、それだけで調理出来ます」

電話を切って、メモを書き直し冷蔵庫にマグネットで貼り付け。
忘れない内に、作る事にきました。

その日の夕方、スーパーに向かう為に玄関を出ると・・・。
玄関のドアノブに袋が下げられており、ヘチマが2本入って居ました。
知らない間に、オバアが置いて行ってくれたのでしょう。

なぜか泣きそうになり、鼻の奥がツーンとしました。
感動したまま、それを持って台所に向かいました。
他の具がありませんが。ヘチマだけでも十分美味しいのでは無いかと思えたのです。

昨日と同じ様に、皮を剥き。
「ヘチマはアクは無いので、水に晒さなくても大丈夫」
言われたとおりに、水に晒さず。
カットして放置すると、水分が出て行ってしまうそうで。
直ぐにフライパンを熱して、油をしいて調理に入りました。

フライパンにヘチマを投入して、ガラス蓋をするとフライパンの下を覗き、火が消えるか消えないかレベルのとろ火に調節しました。

3分・・・・まだ汁すら見えない。
5分・・・・何か、ガラス蓋の内側に蒸気がついて水滴になり始めた。
7分・・・・あっ、薄ら水がヘチマの周りに水たまりの様に出て来た。

そこから、じーっと眺め続けます。
すぐに、ヘチマの外側だけ残し中心の白い部分が透き通り始め。
ズー汁が、湧いてきました。

「きっ・・・来たぁ!!」

焦らずにフライパンを揺らし、ズー汁だけで調理出来るか確認し。
砂糖を投入、味噌も溶かしました。
ズー汁だけの無水調理、行ける!

その後が、ゆっくりゆっくり、焦がさない様。
少ない汁をヘチマに絡ませて味をつけます。

ヘチマがトロリと柔らかくなり、形が崩れてきたのを確認して
熱々を直接口に放り込みました。
オバアの家で食べた、あの優しいとろっとしたヘチマの味でした。
視界が涙で霞み、不思議な安堵感に包まれた気持ちになったのでした。

成功すればここまでズー汁がでます

それ以来、我が家ではヘチマがよく食卓に並びます。
転勤で宮古島を離れた後も、自宅でヘチマを育て若い実を取っては調理します。最近は、ヘチマたわし向けの繊維の多い種類が有るようです。

実は、ヘチマたわし用に巨大な実が付く種類以外なら可食なのです。
ただし、沖縄の食用ヘチマが1番美味しいのは言うまでもありません。
今年は、ヘチマを調理してみませんか。

水切りした木綿豆腐と、豚肉、ヘチマを鰹だしと砂糖と味噌で味付けすればとても美味しいヘチマの味噌煮が出来上がります。

若いヘチマって、どのくらい?と疑問に思われると思いますが。
食用種なら、500mlペットボトルくらいまで育っても大丈夫です。
一般的なヘチマなら、メガネケースくらいで1度収穫して試してみると良いかも知れません。食用種で無い場合、繊維が多いので少しでも大きくすると口に残ることがあるからです。

かく言う私は、沖縄の食用種の種や苗をお取り寄せして今も育てています。
オバアに教わった通り、茄子と同じ使い方が出来ますので味噌汁やカレーなどに入れても美味しかったりします。
自分で育てたヘチマは、私の夏の1番のごちそうです。