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初北海道 1989年7月24日-② 釧路市街地〜大平原道路

釧路の市街地に向けて車を走らせていると、前方に郵便局のマークが見えた。とりあえず今日必要になりそうなお金をおろすために立ち寄る。と同時にその郵便局では、旅に出る前に憧れていた小説の一場面の主人公になることができた。

それは片岡義男の「メインテーマ」の主人公が旅先でポストの上を下敷き代わりにして手紙を書くという、ただそれだけの行為。でもそれを読んだ時にとんでもなくかっこよく感じた僕は、今回の旅の途中で絶対にやるぞ!と心に決めていた。赤いポストの上で手紙を書いていると少ないながらも通行人がいて、中にはこちらを露骨にじろじろと見ていく人もいるので少し恥ずかしい気持ちもあったけど、まあ旅の開始から数十分で一つの目標を達成できて上機嫌になりながら旅を再開した。

釧路は道内で4番目に大きな街ということだった。さすがに市の中心部に入ってくると車の通行量が多くなり、特に大型車両が目立つ。交叉点も多く時折右折専用レーンが何度もあらわれるので車線変更も大変で、早くこの雑然とした市街地から脱出したかった。

そして問題はジェミニだ。出発前に確認すればよかったが初めての一人旅、そこまで気がまわらなかった。なんとカーステが動かなかったのだ。旅の間に聴こうと思いお気に入りの曲が入ったカセットテープを何本か持ってきたのに、どうやら楽しめそうにないということがわかった。仕方なくラジオで我慢するかと思いカーラジオのスイッチを入れるが驚いたことにラジオのスイッチも入らない。今考えるとレンタカーでラジオが壊れているなんてことは普通はないと思うのでしっかりと調べれば聴けたような気もするけど、特にラジオが聴きたいというわけでもなかったし音のない5日間もまたいいのかなと考えて潔くあきらめる。

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目指しているのはR44号線だ。釧路の中心部を抜けると道路上の青看板に「根室」の文字が出てくるようになった。釧路と根室を東西につなぐのがR44だ。市街地は車の通行量が多くて停車する場所を見つけることもできなかったので仕方なく道路標識に従って進み続けると、徐々に建物が少なくなり始め釧路の中心部を抜け出たことがわかった。

そのままR44を根室方面に向かって進んでいくと道路脇に見える景色がそれまでの建物に変わって緑色の木々になってきた。さらに行くと道路右前方にJR別保駅を示す看板を発見。その頃にはすでに車の量も減ってきていたのでようやく車を路肩に停めて駅前の自動販売機でジュースを買って車に寄りかかりながらゆっくりと飲んだ。飲みながらぼんやりと今来た道のほうを眺めていると5台のツーリングバイクが近づいてくるのが見えた。一瞬「仲間がいていいなあ、、、」と感じる自分。いやいや違う。一人旅を選んだのは自分だし一人には一人の良さがあるはずだとすぐに思いなおし、気弱になっている自分に喝を入れて再びアクセルを踏み走り出した。次に目指すのはR272号線だ。

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根室本線の線路沿いにしばらく走ると、左折でR272号線に入るという青看板が見えてきた。交叉点を直進すると厚岸を抜けて根室の納沙布岬方面だ。今回の旅では納沙布方面にも行く予定だけど、まずはR272の大平原道路を走り知床方面を目指す。すると左折する車は思った以上に少なく、文字通り前後に走っている車もバイクもいなくなった。圧倒的な一人。ありえないけどもしかしたらこの先は行き止まり?と不安になり地図を見るが、大丈夫。あたりまえだけどR272で間違いない。このあたりの当時の旅日記を読むとあの頃の自分の臆病さが本当に笑える。初めての一人旅にしても、ちょっと情けない(笑)

そこで、あ、そうだカメラがあったんだと思い出し、これから向かう道、大平原道路の写真を1枚写した。もちろん1989年、デジカメではなく35ミリのフィルムカメラだ。今みたいにやたらとパチパチと写してはいられない。その道は数百メートルほど下り坂が続いた後に少し上りになって上りの頂上で右にカーブして消えていた。ちょうどその時僕の車の右側をソロツーリングのバイクが走っていった。やっぱり一人で走っている人もいるんだなとそこでなんとなく嬉しくなり、急いでカメラを助手席に放り投げて車を走らせ始めた。

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