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村の少年探偵・隆 その9 動物愛護


 まえがき

 拙作せっさくを、人権学習講師にお招きいただいた、W中学1年生の皆さんと関係者にささげます。

 第1話 猫やーい

 昔から、て犬・捨てねこはあったはずだ。ところが四国の山奥やまおくで育った隆には、捨て猫を見た記憶があまりない。特に生まれたばかりの猫にとって、山間部の環境かんきょうは生存していくにはきびしかったのかもしれない。

 隆の家でも、猫をっていた時期があった。
 普段ふだんなら洋一や修司と山に遊びに行くところを、その日に限り、飼い猫を連れて山に入って行った。
 猫はあちこちり道したり、やぶに入ったりしながらも、隆を追いかけていた。
 ずいぶん遠くまできた。山道に腰を下ろして、一休みした。好奇心旺盛な猫は、カサカサと音を立てて動いていた。

(もう、帰ろうか)
 と周囲を見渡した。猫はあらわれない。
 名前を呼んだ。反応はなかった。

 猫がいなくなった理由は不明だった。山に行くたびに、それとなく探したものだった。
「まあ、あの猫はどこへ行ったんやろ?」
 母親は父親と話していた。父親は「さあ」と言った切りだった。
 隆は息をつめていていた。

 第2話 学校犬

 野犬やけんが村にみついたことがあった。
 隆の家のにわとりおそわれた。
 鶏は昼間、庭に放し飼いしていた。夕方になると「トー、トー、トー、トー」と言いながら、鶏小屋に追い込む。これは子供たちの仕事だった。家事労働である。

 野犬は鶏小屋に押し入った。鶏は逃げる場所がない。朝、卵を取りに行くと、凄惨せいさんな犯行が行われた後だった。

 野犬は学校にもまよんできた。
 一頭で行動しているものもいれば、床下ゆかしたなどで家庭を持つ犬たちもいた。仔犬が生育すれば地域は犬でにぎやかになったことだろうが、頭数が増えたようではなかった。

 幸いにして、やみほうむられなかった仔犬は、逆境の中で育つ。どこへ行っても爪弾つまはじきにされ、られたり石を投げられたりする。もはや人間は敵でしかない。

 その迷い犬は、講堂の床下を住処すみかとしていた。
 子供たちがのぞくと、え立てた。棒で突っついたり、石を投げ込んだりするワルガキを、はげしく威嚇いかくした。
 洋一もよく犬をからかった。しかし、犬は床下から出てくることはなかった。子供たちと犬との停戦ていせんラインがあったのだ。

 第3話 逆襲

 子供たちに犬をいじめないよう注意するだけで、学校側も安心しきっていた。
 昼休み、子供たちは運動場を元気に走りまわる。中学生には床下に石を投げ込んでいる者がいた。
 犬が激しい勢いで、飛び出してきた。
 石を投げた中学生に飛びかった。中学生は倒れてうでで防戦する。騒ぎに気づいて逃げまどう子供たちを、次々に襲っていった。
 わずかな間の出来事だった。教員はなすすべもなかった。

 急に犬の動きが止まった。小学生らしい女の子が、何か声を掛け、犬に近づいて行った。
 犬は大きくあえぎながらも、リズミカルに尻尾しっぽを振り始めた。
 女の子は犬をきしめた。

 男性教員が数人、女の子と犬を取りいた。
「こりゃあ、保健所ほけんじょに連絡して、連れて行ってもらわんといかんなあ」
「人間、んだんやから仕方しかたないわなあ」
 教員たちはうなずき合っている。
倉庫そうこに犬小屋があったはずやから、あれに入れときましょうか、教頭先生」
 若手がけだそうとした。

「犬小屋に入れたら、いかん! もうあばれさせんから、床下においてやって」
 小学生は必死にうったえた。

 第4話 おしゃれ

 教員は興奮こうふん冷めやらぬ様子ようすだった。
 高学年の男子生徒はホームルームの時間に、ひどくおこられた。ほとんどが身におぼえがあった。
「あの犬はな、保健所で処分しょぶんされるんや」
 初めて聞く話だった。

 翌日よくじつ、学校に保健所がきた。
 保健所の担当者が講堂の前にオリを出した。男性教員が見守っている。その中に、女子小学生がいた。
 教員がうながすと、女の子が床下に向かって、犬の名前か何かを呼んだ。
 犬が勢いよく出てきた。犬は可愛かわいらしい洋服を、着せられていた。

 隆、洋一、修司は足取りが重かった。
 犬をまもってやろうとした小学生。オリに入れられようとする犬に、最後まで、しがみついてはなれなかった。それに比べて、自分たちはずっと犬をいじめてきた。ずかしいことだった。
いさおおじさんやって、ボクらのことゆるしてくれんやろな)
 隆たちにはもう、たよる先はなくなっていた。

「なんや、お前ら。今日は、えらいしょんぼりして」
 修司の父・勲がつとめから帰った。

「そうか。そんなことがあったんか。犬につみはないのになあ」
 勲は声を落とした。

「その子、家で犬が飼えん事情じじょうが、あったんやろなあ」
 修司の母親だった。
「こんなのは、どうやろ。うちで保健所から引き取って、里親さとおやになったら。修司が世話せわするのなら、飼ってもええで。人を噛んだ犬でも、お父さんが頭下げて行ったら、なんとかなるんとちがう。その子やって、これからも、会いにこれるやない」

 勲は修司の頭をでた。
「修司。ほんまに世話できるか?」
 修司は飛び上がって喜んだ。
(おじさんとこ、寄ってよかった)
 洋一と隆の表情が、生き返った。
 
 勲が保健所から犬を連れ帰った。女の子が母親にともなわれて、やってきた。学校のそば、電力でんりょく会社の社宅しゃたく住まいだった。再会さいかいを喜び合っていた。
「おばちゃん。これ、着替きがえです」
 何枚かの洋服を、修司の母親に渡した。手作りだった。
(まあ、おしゃれなこと!)
 修司の母親は微笑ほほえんだ。


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