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村の少年探偵・隆 その7 美談

 


 第1話 集団登校

 徳島県の田舎で集団登校が始まったのは、昭和も40年近くになってからと、隆は記憶している。
 それまで、銘々めいめい が登校していた。隆の級友には手から血を流し、Yシャツの胸元を黄色く汚して登校した者がいた。
「途中、崖をよじ登り、カラスの卵を吸うとったら、親が帰ってきて、襲われた」
 と語っていた。中には、飛んだ道草をする子供もいたのである。

 集団登校になってからは、子供たちは整然と並んで歩いた。ただ、通学路にクルマが通る車道はごくわずかだった。それに、車道を通るのは路線バスくらいだった。
(何のために一斉登校しているのだろう)
 多くの子供たちは腑に落ちなかった。学校としても、交通安全の機運を受けて、半信半疑で取り入れた制度だったに違いない。

 ところが、ちょっとした事故が起きた。隆のグループに、水たまりで転んだ子がいた。おっちょこちょいがふざけていたもので、洋服がずぶ濡れになった。
 学校に着くと、隆は校長からいろいろと訊かれた。隆は水たまりで転んだだけだと答えたが、校長はもっとスリリングな出来事を期待していたようだった。
「よっしゃ。川に転げ落ちたのを助けた、ということにしておこう」

 校長は全校集会で、この話を例に引きながら、集団登校の効用を強調した。
「小杉君の班では、もう少しで大変な事故になるところでした。みんなも安全な登校を心掛けてください」
(歴史はこんな風に造られるんだ)
 隆も片棒を担いだようで、わだかまりが残った。

 第2話 現行犯

 交通事故こそゼロだったが、子供たちの死亡事故は起きた。
 隆の級友の弟は、川で流されて死んだ。下校途中に河原で遊ぶのは、子供たちの大きな楽しみだった。しかし、流れは急で、危険な場所も多かった。ひとつ間違えば命を落としかねなかった。

 学校が最も神経質になっていたのは、夏季の水難事故だった。プールなどないので、子供たちは谷や川で遊んだ。天然のプールである淵や、流れをせき止めた臨時のプールを水遊びの場所と指定。それ以外は水泳禁止区域とされた。

 その夏も洋一と修司、隆は千足村の子供たちを引き連れ、I川まで遠征していた。もちろん水泳禁止区域である。
 隆たちが魚を追っていると、見張りに立てていた下級生が何か言っている。
「先生がおる!」
 隆が下流を見ると、男の教員がいた。暴力教師として名高く、子供たちは声を聞くだけで震え上がっていた。
 教員は見回りにきていたのだ。隆も洋一も修司も覚悟を決めた。決定的な場面を押さえられてしまった。この上は、どんな暴力を振るわれても仕方がなかった。

 教師は苦虫を噛みつぶしたような顔で、隆たちをにらんでいた。教師の後方を見ると、よその地区の子供が数人、突っ立っていた。
(あいつらも、見つかったんか)
 隆は仲間が増えた分、殴られる恐怖、痛みが軽減したような気がした。しかし、この時は不思議に無罪放免となった。

 第3話 被害者

 夏休みの登校日。校長は全校生徒を集めて訓示した。
「水泳禁止区域で泳いだ者は手を挙げなさい」
 何人かが手を挙げた。千足村の子供ではなかった。

 こうして、その夏は千足村に被害者が出ることなく過ぎて行った。
 2学期が始まった。隆は男性教師に呼び止められた。
「隆。お前ら、水泳禁止区域で泳いだのに、なんで手あげんかったんや。ワシらだけ校長に怒られたやないか」

 なんと、その教員は生徒数人と泳ぎにきていたのだった。
「ずるいやっちゃ」
 教師はすごんできた。

「あいつらにはワシの名前は出すな、絶対しゃべるなって言うておいたのに」
 教師は反省していなかった。
「先生。それはないでしょう。先生の名前なんか出したら、どんな目に遭うか分からんのですから」
「まあ、そりゃそうや」
 後、考えられるのは保護者からの通報しかなかった。だとすれば、校長も、もみ消すわけには行かなかったのだ。

 第4話 罪悪感

「かなり怒られたようやな」
「生徒連れてあんな場所で泳いだんやから、校長は許してくれんで」
「不祥事もええとこやな。けど、あんまり薬になってないようやなあ」
 もはや、隆と洋一、修司にとっては対岸の火事だった。

「だけど、手あげたやつらは、先生のことやワシらのことを黙っていてくれたなあ」
 洋一にはあっぱれと思われた。
「あの先生やって、ワシらのことバラしとったら、ワシら校長室に呼ばれとったで」
 修司の言うように、まんざら悪い教員でもなかったのだ。
「おっちゃんに相談してみようか。いくらなんでも、ワシらだけおとがめないのは後味が悪いなあ」
 隆の一言で決まった。夜、修司の家に集まることになった。

 勲叔父さんは話を聞いて
「ええ心がけや」
 と誉めてくれた。
「ワシが校長に匿名で手紙出しちゃる。足の悪い子が川で助けられたことにしょうか」
 修司は小学6年の時のケガがもとで、足を引きずって歩くようになっていた。
「さすが、おっちゃんや」
 隆と洋一は改めて感心した。

 男性教師は再び、校長室に呼ばれた。
 教師の心配をよそに、校長は笑顔で迎えた。
 話を聞いた教師は
「それはボクじゃないです」
 人違いである旨を告げた。
「先生。千足村の子供たちをかばいたい気持ちはよく分かります。そんなことより、夏休みに先生が巡回していて、子供を事故から救ったことが大事なんです」

 校長は職員会議で、この美談を紹介した。もちろん、校長なりの誇張が加わってはいた。




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