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古川雅子『「気づき」のがん患者学  サバイーバーに学ぶ治療と人生の選び方』NHK出版新書

本書の最初に、35歳のときに肺がんにかかり、ステージ4に進行。手術、抗がん剤、放射線治療をしながら、最後に「オプジーボ」による免疫療法を受け、がんの兆候のない状態(寛解)を保って、丸10年となる男性の事例を取り上げている。

がんの治療を受ける中で、脳転移で「がん性髄膜炎」を発症し休職している中、新薬「オプジーボ」が保険適用となり、休職期間を使い果たしたものの、一発発起して社会保険労務士試験に合格し、現在、がん患者の支援をしている。第二子も誕生した。

また、分子標的薬の大きな発展がある。遺伝子異常を事前に調べ、がんの増殖に直接関わる遺伝子「ドライバー遺伝子」を直接叩く。さらに、選択的にがんだけを狙う光免疫療法が日本でいち早く承認された。新しい治療法により、ステージ4のがんの生存率が飛躍的に向上していることを示している。

遺伝子を知ることにより、将来かかる可能性の高い病気の予測ができるようになっている。乳がんと卵巣がんに関係の深いBRCAI遺伝子を見つかったアメリカの俳優、アンジェリーナ・ジョリーさんは、予防のため罹患していない両方の乳房を切除する手術をした。

しかし、ゲノム医療は、差別を恐れ、調べられない人が少なからずいる。国内の遺伝情報による差別を禁止する法整備やルールづくりが課題であるが、真正面の議論ができていない。

基本的にはがんは後天的なもので、遺伝せず、感染もしない。がんそのものは遺伝しないが、がんになりやすい素質は遺伝することがあり、次の世代に伝わっていく。しかし、こども全員に伝わり発症するわけでない。

遺伝性のがんの心配があっても、未発症の場合は全額自己負担となる。未発症で保険適用されないと、予防の促進にはならない。

がんになっても、高額療養費制度があるから心配いらないと考える人もいる。確かに、この制度の恩恵を受けることが大きい。しかし、近年の課題は、長期治療が必要な場合、毎月途切れない治療費の負担が、年を経るごとに、患者さんの懐にボディーブローのように効いてくる。

高額医療費制度には、直近12ヵ月間で3回以上「上限額」に達した場合、「多数回該当」として、4回目から「上限額」が下がる仕組みがある。薬を使う順番を逆にして、「上限額」が下がる時期を前倒しにすることで、費用を少なくできる場合がある。

医療の進歩により、患者の予後が飛躍的に延びるのは喜ばしいが、それにより生活を圧迫させるお金の問題が浮上してきた。「経済毒性」という高額な治療費や医薬品費が患者にもたらす負担の大きさを評価する指標がアメリカで開発され、「あまりに高額な負担」の意味で使われつつある。

厚生労働省は、医療用医薬品の費用対効果を評価する試みを始めている。データを企業から提出させ、効果が悪ければ、薬の価格を引き下げる。

高額な薬を使用する場合に判断が難しいのは、効果に個人差が大きい薬剤をどう効果的に使用するかの問題と、そうした薬にあまり効果が見られない時の薬のやめ時である。国民皆保険を安定的に維持するため、高額医薬品対策は政治的課題である。

がんサバイバーが、治療と仕事の両立させるために、個別のカンセリング体制を敷いている会社もある。キャリアカウンセリング室、両立支援コーディネーター、所属長、健康管理室の4者でチームを組み、社員の「両立支援プラン」を作成する。なお、原則は決めるが、例外も認めるなどルールに幅を持たせた柔軟な対応が大切である。

傷病手当金制度が改正され、支給期間が通算して1年6ヵ月になった。これにより、体調に合わせて働くか、休むか選択できるようになった。がんが長く付き合う慢性病となり、ステージ4でも転職して働き始める場合も出てきた。しかし、一度離職すると、再就職の壁は厚い。

がんでも障害厚生年金を申請できるので、転職により収入が減ったことを補うことができる場合がある。このほかにも利用できる制度がある。患者自身で困りごとのキーワード別にお金に関する制度を一括検索できるウェブサイト「がん制度ドッグ」が公開されている。

本書では、がん医療が劇的に進歩し、希望の種がたくさんあるようになったことを伝えるために書いたと著者はしるしている。がんになっても、本書を読むことで、治療と人生を考えることができると思う。


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