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ソリューション・ジャーナリズムを試みる ―震災と原発事故の伝え方― scene50

 「若者向けの深夜番組を作れないかな」
「ふくしまパラダイス」につづき、福島局の放送部長からまたもや相談を持ちかけられた。くわしく話を聞くと、5月に郡山市内の大学でNHKが開催する「復興サポート」というイベントでは、東京で制作されている番組の公開収録やイベントなどが行われるのだが、福島局としても公開収録の番組を制作したいということだった。震災5年の特番を終えた私は、どんなものを作るべきか悩んだ。実はこのときネタ切れだった。福島県に赴任して2年半、順当に行けばこの夏にも東京に異動をするだろう。3年という限られた時間を意識しながら番組を制作していたため、番組にしたいとあたためていた企画はすべて出し切っていた。さて、どんなものを作ろうか。条件は「公開収録」で制作すること。導き出された答えは、この先いつか自分が「取材に行きたい」と思えることを育てるような番組。震災と原発事故から5年、福島県も落ち着きを取り戻していた。その一方で、驚かされるような取り組みをしている人に出会う機会が減っているとも感じていた。風評被害に苦しむ福島の食材にこだわった料理を作る萩シェフや、事故を起こした福島第1原発を目にしながら釣りをする「うみラボ」など、震災と原発事故直後の混乱期やその後の放射能への不安を乗り越えるため、ほかでは真似できないような挑戦的な取り組みが生まれ、それが福島県の魅力になっていた。そういった魅力を増やし、育てていくことがこれからの福島県の力になるのではないだろうか。そして、もしかしたら今は実現できなくても、「こんなことがしたい」と胸に秘めている若者たちがいるのではないか。そんな将来の福島県の魅力につながる種を見つけ出せないか。私は「ふくしまをパラダイスにするための会議」という企画を部長に提案することにした。これは、福島県をパラダイスにするためのアイディアを若者自身がプレゼンするという「ふくしまパラダイス」のスピンオフ番組で、部長も快諾してくれた。

 私はこれまでの取材先を頼って、何人もの若者たちを紹介してもらい、話を聞き続けた。その結果、2人の大学生と1組の高校生に出演してもらうことを決めた。大学生のうちの1人は、福島学院大学の2年生。彼のプレゼン内容は「福島県の祝日を制定する」。なぜそんなことを思ったのか?そのきっかけは、復興疲れだという。福島県で暮らしていると、新聞やテレビを通して毎日のように目にする復興の文字。復興のことを考えずにいられる日がほしいというのが彼の主張だった。もう1人は福島大学の3年生。彼が提案したのは「畑パスポート」。全国で3番目に広い福島県、県内各地の観光スポットを車で回ろうとすると移動時間がかかるという課題に目をつけた。移動の合間にも楽しめるように、観光客が立ち寄って収穫体験などをさせてもらえる農家を紹介する冊子「畑パスポート」を制作してはどうかというアイディアを出してくれた。そして3組目は、福島高校のスーパーサイエンス部の3人。震災後、放射能について正しく理解してもらうための取り組みを続けてきており、その研究を生かしたプレゼンをお願いした。

 収録では、それぞれのプレゼンに対して専門家やタレントからの意見をもらうとともに、もう一工夫を凝らした。それは、アイディアに関係する特別ゲストを呼ぶこと。たとえば、福島大学の学生が出してくれた「畑パスポート」のアイディアに対しては、福島県石川町で農園の観光地化を進めている大野栄峰さんを招き、プレゼンを聞いてもらった。大野さんは自身の農園以外にも福島の若手農家のグループ「クールアグリ」という団体も立ち上げていた。県内の農家をつないで盛り上げようとする大野さんから見て「畑パスポート」というアイディアはどう見えるのか?意見をもらうことができた。「福島県の祝日」についても、都民の日や県民の日のように本当に祝日にしたいという学生の声を届けるため、県知事に来てもらった。若者たちのプレゼン内容を当事者まで届けることで、もしかしたらこのとき聞いたアイディアがいつかどこかに影響を与えてくれたらと願ってのことだった。

 それから6年、どのアイディアも現実にはなっていないが、こういった「育てる」ということは今マスコミに求められているものだと思う(「畑パスポート」は興味を持ってくれている会社があるのだが・・・)。社会問題について、マスコミは「そこで起きていること」を伝える。『最近、こんな取り組みがはじまりました』『新しい制度がスタートしました』、そういう「起きていること」を見つけ出し、実際にどうなっているのかについて取材をして伝えることは得意かもしれない。それはつまり「受け身」の姿勢。これからは受け身になるだけではなく、課題を解決するためにマスコミが自ら動いて作り出していくことも考えていくべきではないだろうか。特に地方の衰退が懸念される今、その地域をよく知る地元の放送局や新聞社が市民と一緒に生み出していくことは、地域を活性化させる「ソリューション」を提示することにもつながるかもしれない。マスコミだからこそ、その取材力やこれまでの経験から得た知識を生かし、口を出したり、手を出したりすることができる。その結果、これまでなかったものが新しく生まれれば、アイディアが生まれた瞬間や、制作する過程も立ち会うことになり、その様子を詳しく報じることだってできる。「被災地 極上旅」で実際にマップという制作物を生み出したことは、まさに「育てる」の例のひとつだったと言えよう。現場をよく知りつつ、少し離れた位置にいるディレクターや記者だからこそ、取材をしていて「こういうものがあったらいいのに」と思う瞬間があるはずだ。その「あったらいいのに」が、育てるための種になる。その際に大事なのは、問い直すこと。誰が喜んでくれるのか?どこにどんな効果が生まれるのか?社会的にやる意義があるのか?そして、補助金任せになっていやしないか?すでにほかの地域でも同じようなことが行われているのではないか?現場を知り、俯瞰的な視点での取材も行っているマスコミだからこそ生み出し、育てられるものがあるだろう。

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