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志賀直哉の「シンガポール陥落」と太宰治 三浦小太郎(評論家)

志賀直哉の文学活動は、事実上、大東亜戦争の前で終わっていると言っても過言ではない。戦中も志賀はほとんど沈黙し続け、戦後発表した『灰色の月』(1946年)は、志賀の代表作の一つ『小僧の神様』をちょうど裏返したような印象的な作品だが、本作をもって、それ以後志賀はいくつかのエッセイや評論(その多くは、明らかに志賀の文章の緊張感が失われている)しか残さなかった。


その志賀が、1942年のシンガポール陥落時に、短いが唯一というべき戦争についての発言をしている。この文章は、志賀ともあろうものが、軍部に迎合し、戦争を一面的に讃美したものとしてしばしば批判の対象になってきた。しかし私はこの短文は、志賀直哉がいかに戦争を冷静に受け止めていたかを、逆に証明するものになっていると思う。全文をここに引用する。(部分引用では志賀の真意が誤解されてしまうので)


シンガポール陥落  志賀直哉


「日米会談で遠い所を飛行機で急行した来栖大使の到着を待たず、大統領が七面鳥を喰ひに田舎に出かけるといふ記事を読み、その無礼に業を煮やしたのはつい此間の事だ。日米戦はば一時間以内に宣戦を布告するだらうといふチャーチルの威嚇宣伝に腹を立てたのもつい此間の事だ。それが僅かの間に今日の有様になつた。世界で一人でも此通りを予言した者があつたらうか。人智を超えた歴史の此急転回は実に古今未曾有の事である。」


「米国では敗因を日本の実力を過小評価した為めだと云ふ。然し米国のいふ日本の実力とは何を云ふのだらう。彼は未だに己の経済力を頼つて、膨大な軍備予算を世界に誇示し、日本を威嚇するつもりでゐるが、精神力に於いて自国が如何に貧しいかを殆ど問題にしてゐないのは日本人からすればまことに不思議な気がする。」


「日本軍が精神的に、又技術的に嶄然優れてゐる事は、開戦以来、日本人自身すら驚いてゐるが、日々応接にいとまなき戦果のうちには天佑によるものも数ある事を知ると、吾々は謙譲な気持ちにならないではゐられない。天吾れと共に在り、といふ信念は吾々を一層謙譲にする。」

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