第40回: インフラに期待すること (Sep.2019)

 東京で出会ったインド人がBengaluruに行くから会えないかとSNSで連絡してきた。生まれ育ったロンドンに戻り事業を始めたという彼、親族のいるDelhiへは年に一度訪れるが南へ下ったのは20数年ぶりという。“聞いた通り渋滞がひどい” と嬉しそうに悪態を吐き、大股で小雨の路地を抜けてMicro Breweryを梯子し、かつてのロンドン生活をIndiranagarで思い出した。そういえば当時も流行り始めのGastro Pubを巡るか、専らカレーのTakeawayで腹を満たしていた。

 長閑な避暑地・Garden Cityに由来する当地は急速な経済発展に都市のインフラ整備が追い付かない。ITパークや工業団地は同心円状に広がるが、慢性的に渋滞する都心を横断・縦断するには数時間を要する。拡幅・立体化やメトロ建設も進むが環状線の整備は進まず、街路樹の伐採には反対運動が起こり工事は更なる渋滞を招く。快適な都市環境の実現にはまだ尚遠い。水道は週に数日・数時間の供給、停電もネットや携帯の不通も日常茶飯事の為、貯水槽や自家発・UPSの用意や複数系統化による自衛措置は必須だ。新設のITパークや工業団地は公共インフラに加え自前インフラによる安定供給を謳うが、バックアップにもバックアップが必要だ。

 インフラ整備を担う州政府と日本企業群は定期的に進捗確認会議をしているが、用地買収の財源が足りない、ライフライン完備のはずが自社手配を求められた、緑地規制を守れば建蔽率が確保できない、竣工後に保水池確保の指導を受けた、権利関係が整理されているはずなのに “地元の勢力” から小銭を要求された等々、公社相手でも日本では凡そ想定し得ない事ばかりが報告される。

 工事を依頼すればまず現場を見せて欲しいと経営者が現れ、専門の技術者に見積もりさせるから、と言ったきり数週間。見積もりを得て発注すればしたで、作業手配をするから、と現場監督に再度説明を求められ、ようやく作業日が決まったかと思えば、見知らぬ作業者が手ぶらで現れて “資材が届いてないならまた今度” と帰ってしまう。数日後、予告なく再び現れて何やら作業を始めたかと思ったら報告もなく消え、翌日コールセンターから作業完了を告げられる。必ずしつこく聞かれるフィードバックに真面目に苦情を伝えたところで、何か対応されることはない。単にそう尋ねるのが仕事だから聞いたまでだ。

 行政も民間も、経営と執行どころか、あらゆる役割が徹底して分担されている。本来、担当者は持ち場に専心し束ねる者がいるはずが、誰もまとめていないのが当地の組織の常態。日本企業の買収先などは日本人駐在員と本社が屋上屋を重ねて更に経営と現場が遠のく一方で現場は任せっぱなし。経営は巧言令色を並べるばかりでスキルのない外注に丸投げしている実態すら気付かない。

 結果として電気の配線ひとつをとっても、空に縦横無尽に街路樹の枝と枝を結んで “あやとり” した電線が浮かぶばかり。誰かがどこかをひっかけたり、大雨で枝が折れれば一帯を巻き込んで停電。路上を這わせて石で固定した応急措置は数か月そのまま、ひっきりなしに車やバイクに轢かれて被覆も剥げてきた。次の一帯停電も近い。

 家を借りても数か月はネガ出しと補修で落ち着かない。オーナーがケチって作業を省いたり、作業がいい加減だったり理由は様々。我が家も “技術者が見たが問題ない” と繰り返されても、使う度にブレーカーが落ちる家電を交換してもらうまで、長く不便を強いられた。ある夜、また停電かと思って窓の外を見るといつもと違って隣の住戸は明るい。焦げた臭いの元を辿ると台所でその家電が炎を上げて溶けていた。翌日、呼びつけた不動産エージェント曰く、“ブレーカーはちゃんと機能していたから安心だ” と。

 メーターの警告灯が光り慌てて車をディーラーに持ち込んだら “ランプが点いて音が鳴っているだけ。支障があればまた持ってこい” とそのまま返された。以来、入庫の度に違う警告灯が点いては消えてを繰り返している。

 根本解決や改善・進化など望むべくもなく、“今日一日無事に過ごすこと” がここでの第一優先指標なのだろう。

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