第44回: プラットフォーマーの役割 (Nov.2019)

 日本のプラットフォーマー同士が経営統合するという。“日本を起点にアジアにも” だそうだが、既にユーザーのいる東・東南アジアでのサービス拡充を企図しているのだろう。決済基盤の統合には膨大な手間暇を掛ける日本の常識からすれば日本市場でのタコ足食いに終始しかねないが、少なくとも一方はインドの技術を由来とする本件、JUGAADで世界展開が進むものと期待したい。

 Digital India政策に基づく当地の “プラットフォーム” を学ぶ機会を得た。国民ID “Aadhaar” に代表される “India Stack” は政権交代をも超えて2009年から10年越しで推進される国家政策。今や13億人近くが登録し特に農村部貧困層の生活基盤として機能し始めている。

 個人的には、この国に世話になる身の義務として対応してきたに過ぎないが、外国人も期限までに登録せよ、住所が変わったら更新せよ、納税番号と紐づけよ、と号令がかかる度に窓口を探して訪ね、行列に並んで手続きしようとすれば外国人はここじゃないと断られ、近頃は “何でお前が持っているんだ? 国籍変えたのか?” と返ってインド人にすら驚かれ、とヤレヤレ散々な経験だ。反面の恩恵など考えもしなかったが、関心をもって聞けば意図も仕組みもよく練られた戦略的政策。インドの底力、JUGAADの現れでもある。

 12桁のAadhaar個人識別番号を取得する際、氏名・性別・生年月日・住所・携帯番号・メールアドレスと共に10本の指紋と2つの虹彩の登録が求められる。多様な言語が溢れ識字率も高くない農村部までのFinancial Inclusion (要は銀行口座開設) を実現し、国からの “直接給付” を実現することが一義的な目的だ。いくら中央政府が支援策を打っても、様々な “仲介者” の重層的な搾取を経て、実際に支援対象者に届くのは良くて支出総額の半分、1-2割が常態だという。国家予算を少しでも多く、直接必要とする者の手元へ、というのが最大の動機だ。

 これを支える環境はクラウド上にオープンソースで描かれているが、基本仕様はBengaluruのマンションの一室で生まれた。世界各地の第一線で活躍する技術者が集結し、半年間、無給でブレストを繰り返して練り上げたという。国民ひとり1ドルを予算に、手数料5%を払っていては到底見合わない少額取り引きを支える仕組みを作るべく、極限まで要件を絞り込んだ。目的や照会者すら切り離し、ひたすら “この人とその人は同一人物か否か” の確認に特化させることで、信頼性とスピード、加えて安全性も確保した。

 プライバシーの概念が存在することすら多くの国民が知らなかった当初から、全国的な議論を経て今や誰もが “この情報は誰のものか” を意識するという。India Stackに登録した個人情報をどう活用するかは受益者である国民自身に委ねられる。このサービスを受ける為に、この機関に対して、この情報を提供すべきか否か、逐一のOn/Offや随時の変更が手元のスマホからできるよう設計されている。安価な4G網整備も、津々浦々へのキオスク配備も、家族毎の40時間もの使い方講習も、全ては環境・文化・教育の壁を越えて一人ひとりが自らの意思を正しく、直接、かつ正式に表明する為の仕組みだ。Aadhaarを所管するUIDAIは、指紋情報を犯罪捜査にも使いたい、という当局からの要請に対してすら、“一般の利用を躊躇させる目的外使用にあたる” として突っぱね、最高裁まで5年間争ってその本旨を守り抜いた。

 現在、個人認証Aadhaarと併せて、本人確認eKYC、署名eSign、原本性のある証明書庫DigiLocker、送金UPIといった各種APIが公共・金融機関に無償開放され、続々と新規サービスが開発されている。専用端末と現金を持って農村を巡回してくる “人間ATM” を通じて日々の入出金も出来るようになりFinancial Inclusionが一定充たされた今、HealthcareやEducationでの活用が次に期待される分野だ。

 国土の広さ・人の多さ以上に複雑な当地、インド政府は自らプラットフォームを用意し、"国民生活を変えるサービス" が官民公私の自由な発想により提供されることを促している。

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