プラスの気持ちを形にすること

 基本的に私はこのnoteの記事では、世の中に対する疑問、不満を述べたり、無機質な考え、理性的な考えを述べることが多い。よって非常に暗い記事がつらつらと並んでいるような印象を受けるかもしれない。

 私が思うに、人が文面上で書き連ねたくなることはこういった文章が多くなることは必然的なことだと思う。それはこの場所で書くスタンスがそうなっているからということももちろんあるが、それでもなかなかプラスの内容を記事にしようという気は起きない。

 一般にはもっとキラキラした記事は多分にあるだろうし、このnoteというサービスから一歩外に出てみると、一般的なブログという記事は日常の楽しかったこと、趣味なんかを書いている人も多く見受けられる。正直すごくうらやましく感じる。

 自分なりに、どうしてこんな記事ばかりになるのかちょっと分析してみるとその理由としては3点ほどあるという結論に至った。

 一点目は、この口調である。実際に話をするときにこんな口調になることはあまりないと思う。通常話し言葉と書き言葉は違うものなので当然のことではあるのだが、この口調で書き始めてしまったがゆえにこの口調に引っ張られて議論じみたお堅いお話が多くなってしまっているような気はする。口調を変えたらいいではないかというかもしれないがそれは、もう統一感がなくなってしまうので、今後もこの口調を続けようと思う。もしかしたらたまに雑な話し方?書き方になるかもしれないが。

 二つ目は、こういった内容の話が好きだからということである。ここ最近気の知れた友人と一対一で話をする機会を何度か設けさせてもらっているのだが、だいだいこういう話に帰着しているような気がする。これはもう私の性格を反映しているものだと思うので仕方ないとも思うのだが、こういった話に帰着しない友人というものも持ってみたいものだと少し希望を抱いていたりもする。

 三つめは、かしこぶりたいという願望があるからである。こういった話ができるのは賢いからだというどこか私の中にそういう感覚があって、この話をしておけば人とは違うという感覚を覚えるからである。これは非常によくないことかもしれない。でもやはり私も人であるので、identityを持ちたいのである。その方法のひとつとしてnoteでこういった記事を書いている。自己満である。

 とまぁここまでいろいろ分析してみたが、結局、プラスの気持ちを形にすることが私には苦手なようだ。
 苦手克服のために、今後はpositiveな記事を書けるようにしようかなとも思った次第である。

 まだ先のことになると思うが...

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