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結婚してわかった最低限とほんの少しのお気に入り

私は今から10年以上前、つまり15歳の頃にミニマリズムという考え方に触れました。

当時、自分が持っている物や、物事のシンプルさの追求を初めて、ミニマリストとしてのライフスタイルを育んできました。

実母の言う、「持たない暮らし」

そもそも、私がミニマリストとしての考え方に触れた最初は、実家での経験からでした。

実家は外から見ると普通の家庭かもしれませんが、母が物を持たず、贅沢をせず、本当に必要なものだけを大切にする価値観を持っていました。

実家で過ごした20年の生活は、物に縛られず、心の余裕を持ち、物質的なものに依存しない生き方を教えてくれたのです。

実家でのミニマリストの生活から受けた最も重要な教訓は、持たない暮らしは心を軽くするということです。

母はいつでも物が増えることを嫌がりました。
物を買ったら物を捨てる。
不要だと感じたらすぐに捨てる。
買う前に必要かどうか考える。

徹底したミニマリストとしての考え方は物事に囚われず、必要最低限のものだけを持つことで、心の中に余白ができ、ストレスが軽減されます。

例えば、母は遊ぶ玩具でさえ買うのを嫌がりました。
買えば新しいものが欲しくなることが分かっていたからです。

物を買わなくても、持たなくても
広告の裏紙で絵を描けるし
身体を使って遊ぶことができるし
無いなら新しい遊びを考えれば良いのです。

ミニマリズムは、物質的な豊かさよりも、心の豊かさを追求する生き方であること。

それを実感しながら、私は育ちました。


ミニマリストではない旦那から学んだもの

結婚後、私のミニマリストの生活観は、旦那との生活を通じてさらに深まっていきます。

なぜなら、旦那はミニマリストではなく、むしろものを多く持つ人間だったからです。

これは彼の母親も同様で、彼は物事を大切にし、思い出として所有しておきたいという考えを持っていました。


この違いから、私は新たな視点を得ることができました。

それは、物を持つ喜び。

旦那から学んだ大切なことは、物を持つこと自体に喜びがあることです。

彼が所有する物は、彼の趣味や思い出に関連しており、持つことで彼は自分の気持ちが満たされています。

満たされることが日々に活力を与えてくれるのだと彼は言います。

家に帰って、自分のお気に入りたちに囲まれること。
これは、ストレスフリーの根源であり
むしろお気に入りだからこそ大切に使えるのだと言います。


このことから、私は物を持つことが時には喜びであり、大切な思い出を形にする手段であると気づきました。

穏やかな暮らしの本質


ミニマリストの家で育った経験と、旦那から得た新たな視点が、私の暮らしをより意味あるものにしています。

物は最低限で良い人もいます。
服も、家具も、家電もすべて最低限でいい人もいます。

そうすることで節約にもなり、身軽になり、何にも縛られない気持ちになるのでしょう。
ミニマリストの考え方は、私にとって本当の生活の本質を見つけ、それを追求する手助けとなっています。


ですが、物質的な豊かさよりも、心の余裕と豊かさが穏やかな生活を築くのに重要な要素です。

旦那から得た視点が、私の抑圧されてきた物欲に火をつけたのでしょうか。

最近はお皿を買い足しました。
今までは最低限のプレート2枚、茶碗2枚、スープカップ2枚、小鉢2枚。
そのままでもいいけど、街中で見つけた素敵な色をしたプレート。
それ以外にも小鉢を数枚買いました。

部屋の中にあるものは増えたけど
それよりも、本当に大切なものに焦点を当てることで、穏やかで満たされた生活を楽しむことができます。



物は沢山あっても良いが、物は少なくても良い。


物を持つこと、持たないこと。
それ以前に大切なのは、それが【お気に入り】なのかどうか。

心がときめく、踊る、ドキドキ、わくわくする。

その気持ちこそが、私の生活を構築する奥底にあるもの。

そういうお気に入りに沢山囲まれて生活をすること。
私が結婚してわかった暮らしの本質なのです。



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