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からだアプリとからだOS

ヒトの赤ん坊は他の動物たちに比べ、極端に未完成の状態で誕生します。
大脳の巨大化と骨盤の縮小により、未熟な状態で出産せざるを得なくなったためですが、そのことが逆に、出生後の環境適応範囲を大きく広げさせたのだとも考えられます。

数百万年もの間、熱帯雨林やサバンナで過ごして来た我々の祖先は、十数万年前アフリカ大陸からユーラシア大陸へ渡り、そこから地球上のありとあらゆる地域へと拡散して行きました。
ヒトがたどり着いた行き先には、山岳地帯や砂漠、極寒の地もありましたが、それら全ての環境に適応して子孫を増やし、今では地球上で最も繁栄している哺乳類となりました。
熱帯気候内で進化して来たサル目の動物が、これだけ多種多様な地域に分布できたのは、ヒトがヒトになることによって身につけた、類まれな環境適応能力のおかげです。

ヒトの幼年期は、他のあらゆる動物たちに比べ圧倒的に長く続きますが、その期間中の環境学習能力の高さは他の追随を許しません。
誕生直後から、視覚聴覚嗅覚はもとより、手足や口、肌の感覚を積極的に使って、周りの環境データを集め、巨大容量を持つ脳のデータバンクに、次々とインプットしていきます。
脳を構成するニューロンは、出生時にはすでに成人と同じ数だけありますが、各感覚器官からの刺激によって神経細胞のネットワークを構築するシナプスは、
生後半年から1年の間に急激に形成され、その最盛期には視覚野だけでも毎秒10万箇所もの結合が作られると言われています。
脳の育成はからだの発育に優先して行われ、誕生時に成人の30%ほどだった脳の重量は、3歳で75%、6歳で90%に達します。
ヒトは胎児の段階から、超ハイスペックの情報処理用ハードウェアを備え付け、環境に適応するためのプログラミングを始めています。
からだのオペレーティングシステム(OS)を随時アップデートさせながら、成長過程で直面した状況に応じて、適合するアプリケーション(app)群を随時開発し、それらを稼働させることで現実世界にアプリケートしていきます。

この脳の限りない可塑性は、ヒトのからだにとんでもなく広範囲の適応力をもたらしました。
数度に渡る氷河期、間氷期をくぐり抜けるうちに、アフリカ仕様として作り上げて来たからだのOSを、ヒマラヤ仕様やグリーンランド仕様のものに移行することなど、わずか数世代で成し遂げられるようになりました。
数百万年間育み続けて来た直立二足歩行ですら、幼いうちから狼と行動を共にしている環境下では、四つ足で狼と併走できるように変更させ得る、圧倒的な適応能力を、ヒトのからだは秘めています。

こうしたからだOSの差し替えは、ある程度年齢を重ねた後からでは、実行するのは難しいかもしれませんが、それでもシステムのバージョンをアップさせ、それにからだアプリを適合させることなら可能です。
三重県松坂市の歴史資料『射和文化史』には、江戸末期、勝海舟や小栗上野介らを政治顧問役としてサポートした伊勢商人、竹川竹斎が伊勢と江戸の間をわずか3日で往復したという記録があります。
往復約1,000km、1日に300km以上を移動したことになり、フルマラソンの世界記録並のスピードで走り続けたとしても、丸々50時間はかかる距離です。
竹斎は32歳の時、京都・岡崎の矢野守助より「神足歩行術」を伝授されたと言い、その方法を弟子たちにも伝えています。
30代からでも練習次第では、世界最高レベルのからだの使い方をマスターできるという事例です。

からだOSをバージョンアップさせるためには、からだの各部をとことんゆるめることが必要です。
竹歳は「気を丹田に集め、首筋や腹、足の先までの凝りを解くことが神速歩行術の基本原則である」と書き残しています。
ヒトの持つ最大のアドバンテージである脳の柔軟性を、最高度に活用するためには、からだのゆるみがカギだということです。
観音整体ラボで日々行っている、整躰操法の目的もまた、この「ゆるんだからだ=ゆるから」を実現させることにあるのです。

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