『破壊しに、と彼女たちは言う』柔らかに、じわじわと語りかけられるアンソロジー
アーティストは決まりきった体系や枠組みにはめられて、語られることを好まない。説明されること自体を嫌うこともあり、自ら進んで枠組みから逸脱する。自分で作った枠組みさえも捨て去ることもある。
一方でアートを鑑賞する側にとって、アートは感情が触発させ、見る人それぞれに異なる意味をもたらす。そして、見たものを咀嚼するために、新たな知を探索する欲望をもたらす。しかし、その欲望を満たすための確固たる道筋はなく、そして自分の持つ知識だけの理解は浅く、脆く消え去っていく。
そして、キュレーターはその間に立って、展覧会を企画し、作品を噛み砕いて説明することが主な仕事である。著者はキュレーターとして、国内外の美術館で、現代を生きる数多くのアーティストと共に仕事をし、世間にアーティストとそのさまを紹介してきた。
本書は1989年以降に書かれた論考やテキストを選定したものだ。別々の媒体で使われた独立したテキストが改めて並べられると、テキストとテキストの間に違った意味が生じ、読み手が独自に見出すことができる。
紹介されるアーティストは女性で統一されているが、フェミニズム、ジェンダー意識を煽るものではまったくない。現代アートは男性優位の世界が長らく続きで、女性は傍流として位置づけられてきた歴史がある。アートの世界における位置づけに悩まされつつも、その枠の外から、脱歴史的に、制度や常識にがんじがらめになった世界を破壊していく。
女性らしさの象徴として肉体的なパフォーマンス、美術界の権威に反旗を翻すクリティカルな作品、アートだけでなく建築やファッションも含め、各々の世界に向けて、新鮮なヴィジョンを提示する。
本書の冒頭で紹介されるのは現在、ニューヨークのメトロポリタン美術館でが行われている川久保玲(存命のデザイナーを扱った展覧会は1983年のイブ・サンローラン展以来2人目)である。
インタビューでは多くを語らず、定義づけられることを嫌う川久保玲の言葉から、糸口を見つけ解釈し、説明する。アーティストの取り巻く状況や時代を分析し記述することで、作品を時代に位置づけ、鑑賞者とアーティストの接点を探っていく。
他に登場するアーティストをざっと紹介する、水玉の印象が強い草間彌生。国立新美術館で行われた展覧会には52万人が来場した。著者も立ち上げに関わった金沢21世紀美術館を設計したSANNAの妹島和世。また、ビートルズのジョン・レノンのパートナーとしてのイメージが強いオノ・ヨーコについての作品も紹介される。
日本人ばかりではない。アジア、欧米、アフリカと様々なルーツのアーティストが本書では取り上げられる。現代アートの歴史やアーティストの出自などの背景情報と紹介される作品をセットで見ることで、アートへの「なぜ」が多層的にわかるようになる。そして、読後感として強烈に残るのは、女性の根源的な芯の強さと時代に囚われない軽やかさである。
あとがきには、スプツニ子やChim↑pomなどの若手アーティストの紹介もあり、過去から現在へ連なる現代アートの流れの現在地が紹介される。そしてキュレーターとして、美術評論家しての著者もまた、登場する女性アーティストと同様に境界を横断し、見るものを静かな破壊へと導いていく。
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