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戦争が始まりそうな冬だから、平和記念資料館に行ってみてほしい。

新年早々世界情勢はきな臭く、こんなにも緊張感に溢れているなか、普通にラーメン食べたりしている自分が不思議に思う瞬間がある。今にも戦争始まりそうなのに、何やってんだろう、と。

もしこれを読んでくれた方の中に、広島に来る機会がある人や広島に住む人がいたら、こんな時だからこそ行ってもらいたい場所がある。

2019年にリニューアルした広島平和記念資料館だ。

この空間についてはいろいろと思うところがあり、なんだかんだでリニューアルしてから4〜5回は足を運んだ。そして、行くたびにに心が揺り動かされる。

館内は写真撮影オーケーみたいでみんなバッシバシ撮っていたが、なんかそんな気になれず、手持ちの写真はない。なので、どんな空間なのか、言葉で紹介していきたい。

館内に入って最初に見ることになるのが、導入展示にあたる「焦土と化した都市」。1945年8月6日直前、そして直後の爆心地周辺が壁一面のパノラマ写真で表現されていて、それとは別に俯瞰から見る円卓上で、その時の様子がCGで映し出されている。

その場所が、その瞬間を挟んでどう変わってしまったのか、ということを肌で感じたあと、亡くなられた方々の遺品やメッセージで、一人一人の死や苦しみを見せていく構成。データ的なものは一番最後。

正直途中でつぶさに見るのが辛くなってしまう。悲惨だったり痛そうだったりするからではなく、展示キャプションが、あまりにもずっしりとしているから。リニューアル前、展示内容の変更に関しいろいろと議論がされていたと思うが、この展示はこの展示で良かったのではないかと私は思った。企画された方の思いや覚悟に尊敬の念しかない。

天災であれ人災であれ、事故であれ病気であれ、そのほかどんなことであっても、人が死ぬ、ということの背後に、本人はもとより、本人以外のどれだけの苦しみ悲しみが内包されているのか。もっと言えば死に限らず、自分以外の誰かを傷つけることがなぜ許されないのか。被害の物理的な大きさより、尊重されるべき一人一人の悲しみに寄り添った展示だなと感じた。

ふだん「ラーメン食べたい」「労せずして痩せたい」くらいのことしか考えず生きているが、そのように生きられるということがどのくらいかけがえのないことで、実は細い糸1本をたどるように守られていることなのか、改めて考えることができる空間だと思う。

もしかしたら本当に、気軽にラーメン注文できないような世の中になってしまうかもしれないから、そうなったら嫌だな、と改めて思うためにも、ぜひ、行ってみてほしい。冬は夏よりずっと空いているので、きっとじっくり展示を見られるはず。

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写真はおりづるタワーから。このおりづるタワーも、広島でぜひ訪れてほしい場所の一つ。

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