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価値中心の経営とは?価値最大化経営というあり方

前回の「価値の差別性を再定義する」において、まず価値の差別性がない企業の末路を説明した上で、価値が競合と異なって捉えられるために考えるポイントを2つ提示しました。
「誰と違うのか?」:5フォースを用いて競合を広く捉えることが重要
「どう違うのか?」:購入前→購入時→購入後のプロセスで自社・競合・共通の価値を整理することが重要
それぞれを簡単な事例を用いながら説明させていただきました。

価値を起点とした経営活動(価値最大化経営)とは?

ここまでの3つのNoteコンテンツを通じて、価値は企業活動においてどのように関わるのか、どのように捉えられるべきかについて説明してきました。ここからはその価値は企業はどうやって生み出しているのか、また継続的に顧客に価値を提供していくためにはどのようなことが求められるのかについて整理します。 またその結びとして、企業が行っていくべき価値最大化経営についての触りを説明できればと思います。
ポーター、バーニ、プラハード、ミンツバーグ、ティース、オライリーなど様々な経営理論と絡めながら説明していこうと思いますので、是非最後までお付き合いいただければ幸いです。

価値はどのように生み出されるのか?

企業が追いかけるべきミッションは「付加価値の最大化」であると説明しました。では企業が追求すべき「付加価値」というのはどうやって生まれるのでしょうか。まず企業活動においてどのように価値が生まれるかというと「資源・資本→Value Chain→価値」という流れになります。つまり有形資源を調達し、その資源を有形資産や無形資産と絡めて、バリューチェーンを通すことで、付加価値へと繋がっていきます。

付加価値の生まれるプロセス ※筆者作成

この前提を想定すると、「投入資源に対する付加価値を最大化すること」がミッションである企業において、企業経営における重要なテーマは「付加価値から逆算して、Value Chainや有形資産・無形資産を構築すること」になります。直近は人的資本開示のテーマなどによって、無形資産への注目が高まっているので何となく知っている人がいるかと思います。またValue Chainは議論の余地がないくらいに、多くの人にとって当たり前の概念となっていると思います。
ですが、改めてそれぞれが何ですか?と問われるとその概念の広さから、答えるのが非常に難しい問題であるように思います。経営を考えて行くにあたって、「有形資産・無形資産」と「Value Chain」に関する認識を揃えられればと思います。

有形資産・無形資産とは何か?

これまでの整理ではValue Chainを動かすベースであり、価値へと繋がっていく事業におけるインプットです。企業が経営目標を達成していくために必要となる資産であるため、以降は無形資産や無形資産をまとめて経営資源と表現します。経営資源に関する議論として最も引用されている考え方としてRBV(Resource Based View)というものがあります。
もとはB・ワーナーフェルトによって提唱された考え方ですが、ジェイ・B・バーニーの『Firm Resources and Sustained Competitive Advantage(1991)』という論文で脚光を浴びる形になります。その論文の中で、企業が継続的な競争優位性を獲得するには、下記の4点が重要であるとしています。

  • Valuable(経済価値):企業が外部環境における機会を活用し、脅威を無力化できるような経営資源

  • Rare(希少性):その経営資源が競合の中で非常に少ない企業でしか保有されていない経営資源

  • Inimitable(模倣困難性):その経営資源を獲得するにあたって、非常にコストがかかる経営資源

  • Organized(組織):これらの条件を備えた経営資源を組織的に活用していること

経営資源がなければ、企業はアウトプットとしての商品やサービスを提供することもできません。また前回の説明の中で話をしたように「共通の価値」というものが存在する以上、上記の4つの定義が全て当てはまる経営資源しか存在しないという訳ではないと思います。ですがそれらの資源は業界平均や数字による論理によって一意に決まることが多いです。
例えば飲食店における店舗の数や店員の数は出店戦略におけるマーケティングや店舗ごとの生産性から決まってきます。また製造業における機械の導入に関しては、償却期間などの財務による要件や、顧客からの技術的要望によって決まってきます。
むしろ企業が継続的な競合優位性を築くための経営資源とは他社が保有していないものであるがゆえに、獲得に向けたデジタルな意思決定は難しくなります。競合と異なる価値の提供に向けて、どのような経営資源が求められるのかについて発想をすることが重要になります。

では、企業に競合優位性を導く経営資源が存在するかを考えるためのポイントとして、ジェイ・B・バーニーは下記の4つの資本が存在するとしています。どれが他社と共通している資本で異なる資本なのかを整理することで自社の競合優位性を構築することができるようになります。

  • 財務資本:企業が事業を動かすための金銭的資源
    安定的な資金力、財務における健全性、強力な出資者や融資者の存在…etc.

  • 物的資本:企業の保有資産やその資産へのアクセス
    工場自体やその向上に設置されている機械設備、本社などのビルや保有している土地…etc.

  • 人的資本:従業員の価値提供に必要な能力・知識
    エンゲージメントの高い社員の存在、高いスキルを保有する社員の存在…stc.

  • 組織資本:組織として価値提供を実現できる仕組み・関係性
    優れたチームワーク、変化対応能力、マネジメントスタイル、ユニークな企業文化、理念の浸透、知識の蓄積…etc.

これらの4つの資本を財務という観点で捉えると、バランスシートに含まれるものと、含まれないものが存在していることが分かります。有形資産より無形資産の方が株価説明力があるという調査が多く行われていますが、それを表していると考えられます。

バランスシートから考えるバーニーの経営資源 ※筆者作成

これらの経営資源には二つの基本的な前提があり、それがゆえにどの企業も同じということにはならず、何かしらの違いが存在するということになります。

  1. 経営資源の異質性(Resource heterogggeneity):どの企業も必ず異なる経営資源を持っているということ

  2. 経営資源の移動困難性(Resource immobility):経営資源を持たない企業がそれを手に入れるには大きなコストがかかるということ

そのため自社と他社で何が違うのかを適切に把握した上で、その差によってどのような付加価値における差を生み出されているか、さらには生み出すことができるかを整理することが重要です。

バリューチェーンとは何か?

バリューチェーンとはその名の通り、価値+連鎖であり、顧客のもとに価値が届くまでの一連のプロセスを指します。よくポーターは外部市場、バーニーは内部資源という二項対立で語られることがありますが、内部のプロセスやリソースに関してもポーターは言及しており、それがバリューチェーンです。

バリューチェーンとは基本的に9つの活動から構成されていて、企業ごとに特性あるバリューチェーンが構築されます。各企業ごとに保有している異質性のある有形資産・無形資産を用いて、特異性のあるバリューチェーンで買い手にとって価値のある商品サービスが生み出されていきます。
そして買い手はその商品サービスを用いて、さらに買い手自身のバリューチェーンを通じて付加価値を高めていきます。これをポーターは価値システムと表現しています。
つまりバリューチェーンとは「価値システムのどの範囲を担うのか?」「その中で買い手にとっての付加価値となるにはどんなプロセスであるべきか?」の二つの問いによって成立する概念であると言えます。

バリューチェーンとは何か? ※筆者作成

■価値システムにおけるどの範囲を担うのか?
価値システムにおける自社が担う範囲を考えるにあたり、自社の前後(InputとOutput)との関係性を踏まえて考えることが必要です。

まず自社の後ろプロセス(Output)から考える必要があり、下記の4つを整理しましょう。

  • 本当の「買い手」は誰なのか?を定義する

  • 買い手の価値連鎖とそれに対する自社の提供価値について考える

  • 競合・代替の関係にある企業との提供価値における共通部分・差分を整理する

  • 自社のバリューチェーンにおける特異性の源泉or可能性を分析する

続いて自社の前プロセス(Input)について考える必要ももちろんあります。

  • 有形資源を提供してくれている供給業者を把握する

  • 自社で担う場合の取引コストを分析・把握する

  • 他社に依頼する場合の交渉力における懸念を把握する

もちろん自社としてどのような価値を提供していきたいのかから逆算して、価値システムのどこを担うのかを考えることも重要です。ですがビジネスとは自身がやりたいことを押し付けることではなく、あくまで相手が「価値」だと感じる要素を付与するプロセスであるため、理想状態と上記の検証にあるような現実も踏まえることが重要になります。

またInputの検証において「取引コスト」という概念が出てきていますが、どこまでを自社のバリューチェーンに取り込むのかにおいて重要な観点になります。
例えばイオンなどが分かりやすいですが、多くのスーパーにおいて商品の製造から行っているところってほとんどないですよね?ですがイオンはTOPVALUなどを始めとした自社商品の展開を行っています。そうすることによって自社特有の価値を盛り込みやすくなり、またバリューチェーン全体でのコスト削減のオプションが広がるためです。これらは前に紹介したニトリやユニクロなどのファーストリテイリングでも同様です。
そう聞くと「付加価値の大きさと差別性が重要だ」とこれまで散々お話させていただいたので、バリューチェーンが長い方がいろいろな選択肢を取れるということであれば、可能な限り長くした方がいいのではないか?という疑問が生まれます。ですが、そんなに簡単ではないというのが実態です。

取引コストの概念の説明に戻りますが、自組織で商品サービスを賄おうとした場合にメリットだけではありません。むしろデメリットの方が大きいくらいです。
私も多くの企業のコンサルティングや事業に関するお話をさせていただく中で「自社内で賄うくらいなら、外から調達してコントロールした方がやりやすい」と語る社長がいらっが多く存在すると書かれているくらいに、社内に抱えることのコストは大きいものです。
例えば組織内に存在することにより、利害の一致が図れず意思決定が遅れてしまったり、組織間での調整や派閥などが生じることによるリスクが発生したりすることで、組織内に組み込むことによる非効率が発生します。
特に支援行動においてはバリューチェーンが長くなるほどに、支援するためのコストが高まっていくため、必ず発生するコストであると言えます。そのため付加価値に繋がる要素を積めば積むほどの必ずコストが高まっていくため、それを超える価値に転換できるようにするか、全体でコストを分散できるようにすることが求められます。

では自社内で持たない方がいいのかというと、それはそれでまた違います。ここで出てくるのが「取引コスト」という概念です。取引コストが何かというと、ティースの「ダイナミックケイパビリティの企業理論」においてこのように表現されています。

人間は不完全な情報のもとでしか意思決定できない限定合理的な存在であり、 しかも機会があれば相手の不備に付け込んで利己的利益を追求する機会主義的な存在でもあると仮定される。 それゆえ、このような人間同士の取引では、相互い騙されないように、駆け引きが起こる。 相互に自社が有利になるように無駄な駆け引きが起こる。このような人間関係上の無駄のことを取引コストという。

D.J.ティース「ダイナミックケイパビリティの企業理論」

つまり別の企業であるという利益が相反する存在であるがゆえに、無駄な駆け引きが生じることが問題としています。プリンシパル・エージェント問題と経済学では言ったりしますが、誰かが何かを依頼する時に、そのコミュニケーションコストの大きさから十分な成果を得られないことが起こります。ちなみに私は出資者(プリンシパル)と起業家(エージェント)の関係性をもとに、最適な税制を考えるという卒業論文を書きましたが、依頼をする際にはその取り決めや不確実性が大きいほど、損失にならないように取引を進めるためのコストが発生することになります。そして市場での取引コストがあまりにも高い場合には、企業は自ら部品を製造したり、企業を買収して内部化しようとします。

ではその「取引コスト」はどのような状況で高くなるのでしょうか?Journal on Chain and Network Science(Vol.12 Num.3)に記載されていたManaging transaction risks in interdependent supply chainsの論文の内容をもとに、簡易化したものになります。
簡単に言えば取引先が特殊で(代替品が少ない)結果が確実なものに関しては、実際に支払うコスト(直接的コスト)や損失が少なくなるようなコミュニケーションなどによる対応コスト(他ができないという機会コスト)が大きくなります。
つまり自社内で抱えるコストと取引コストとを比較した上で、最適な企業の線引きがなされることが重要になります。

取引コストとは何か? ※筆者作成

■その中で買い手の付加価値となるにはどんなプロセスであるべきか?
ここまでで企業はどこまでの範囲を担うべきなのか?ということに関する説明をしてきました。次にそのための提供プロセスについて考える必要があります。
もちろんすべてのプロセスが価値を構築するために必要なプロセスではありつつ、(競合と)共通する価値を生み出すプロセスと異なる価値を生み出すプロセスの2つがあると言えます。どちらにせよ、各プロセスを価値の源泉としてみなすことが求められます。

例えば検品という活動はコスト全体に対して1%にしか満たないプロセスですが、製造業などの業態において欠品率が低いということは買い手にとって大きな価値となることがあります。またKeyenceのような買い手に対する商品提供のリードタイムを極端に短くすることによって、買い手にとっての価値を提供することもできるようになります。
つまりバリューチェーンの中で価値に繋がるようなプロセスを構築するためには、「最適化(目指す価値の提供に向けた正しいプロセスの構築)」と「調整(プロセスを動かす中での社内調整)」をどのように行っていくかを考える必要があります。
「最適化・調整」においては自社におけるどんな有形資産・無形資産があるのかによって変わります。例えば十分な数の対応力のあるオペレーターがいなければKeyenceのような価値提供ができるバリューチェーンを構築することはできません。

「価値システムのどの範囲を担うのか?」「その中で買い手にとっての付加価値となるにはどんなプロセスであるべきか?」の二つの問いについて説明しましたが、商品サービスにおけるInput・Outputを適切に社内外を把握しなければ、価値の提供先を見失ったり、提供価値に対してコストが割に合わなかったり、企業運営において致命的な競争劣位に立たされることになります。

■継続的な企業成長のための価値最大化プロセスとは?

「投入資源に対する付加価値を最大化する」というミッションを実現するために企業が満たすべき要件である「有形資産・無形資産やバリューチェーン」について細かく説明をしてきました。
適切な資産を適切なプロセスに投入することで、価値を創造することができることが分かりました。
ですがここまでで話したことはあくまで「その瞬間において」という前提に立っています。事業環境は絶えず変化しており、小さな一つの変化で付加価値にあふれる事業が価値を提供していない事業となってしまいかねません。

「企業が永続するべきなのか?」という論点はいったんここでは置いておいて、環境変化があったとしても企業が付加価値が最大化された状態を維持することで、継続的な企業成長は実現するためにはどうすれば良いのでしょうか?

まず「価値」というものに関しても、普遍の実存として捉えるのではなく、変化する認識として捉えてみるところからスタートします。
すなわち「価値」にはフェーズがあり、その価値のフェーズを見極めながら正しい経営判断を行っていくことが重要になると考えています。そのフェーズとは両利きの経営のフレームワークを用いて「創造→固定→修正→統合」の4つに分けて考えます。

両利きの経営に基づく価値のフェーズ ※筆者作成

まず上記で取り上げた「両利きの経営」について簡単に説明します。チャールズ・オライリーによって提示された考え方であり、企業が継続的に成長していくためには探索と深化を同時に行っていくことが重要であるとしました。

  • 探索:既存の考え方から脱して、新しい領域を開拓していくこと

  • 深化:探索で見つけた成功しそうなものを見極め、深堀りしていくこと

この内容に関して、非常に興味深い内容と感じたことは、静的な均衡点としての企業成長ではなく、動的な観点を持った企業成長を描き出している点です。競争戦略に関する説明をしている本は多くあり、それぞれ示唆に富んだ内容です。
ですが「その状態になれば差別性のある付加価値を提供し続けられるのか?」というと非常に難しいというケースが多いです。その理由は明確で、事業環境が変化していっているからです。

とある均衡点が「付加価値の最大化」に繋がっていると分かれば、競合は模倣するようになり、技術変化など外部環境の変化によって価値の基準でさえも変わっていきます。
そのためバーニーはVRIOフレームワークにおけるInimitable(模倣困難性)という項目を挙げています。また楠木建「ストーリーとしての競争戦略」において、個別要素で見ると非合理的だが、ストーリーとしては合理的になるというものを盛り込むことで模倣されづらい価値を構築できるとしています。

オライリーによる「探索・深化」の考え方はむしろ価値の差別性が長続きするような均衡点をいかに生み出すかではなく、動的な活動を通じて、さらなる価値を探求し続けることが重要だとしています。そして多くの企業は深化の方が数値化できる分かりやすい変化を求めてしまい、探索を行わなくなるサクセストラップという状態に陥るとされています。

では自社が営む事業が提供する価値は今どのような状態にあり、どんな行動が求められるのでしょうか?これを探索と深化のフレームを用いて、「価値のフェーズ」という概念について考えてみましょう。探索・深化をそれぞれ高い×低いで4つの象限に分解することで、「創造→固定→修正→統合」の4つが見えてきます。

  1. 既存の考え方を超えて、新しい領域に向けて変化を起こします。そして成功したり失敗したりするケースが出てきて、その内に成功パターンが蓄積されていきます。(創造)

  2. その中で成功したものを積み上げていく中で、その成功を固定化していくことを通じて、効率化と均一化を実現できるような型にしていきます。(固定)

  3. 固定化されたプロセスの中で、さらなる価値提供のための効率化や改善などを施すことによって価値を漸近的に高めていきます。(修正)

  4. それらの価値を束ねることによって、さらなる価値を創出していくことで、より模倣しずらい価値を構築することができます。(統合)

「付加価値の最大化」を実現するためには、多くの競争戦略におけるパースペクティブにあるように静的な均衡点としての価値の最大化を設計することが重要です。一方でここまで説明した通り、「付加価値の最大化」のためには、動的な過程としての価値の最大化もきちんと設計することが求められます。

静的な「均衡点」としての価値最大化とは?

より大きな提供価値となることで売上が最大化され、付加価値を最大化していくことが高い利益を生み出していくことに繋がるとしました。そのため企業が成長するということは、提供価値が増大することによって、価値が売上や利益へと転換されていくことが重要であると言えます。
では売上最大となる価値最大化がされる企業とはどういう状態でしょうか。結論としては、外部環境・市場環境と自社の資産を踏まえて、最適なValue Chainを構築していくことが重要であるということです。価値がいつの間にか良い具合になっていたなんてことは存在しません。意図的に価値へと繋がるように設計をすることが求められます。

静的な「均衡点」としての価値最大化とは? ※筆者作成

ただここで重要なことは、価値を最大化することは何でも要素を追加すればよいという話ではありません。 もちろん価値が多すぎると、顧客からするとお腹一杯の状態になってしまい、本当に欲しい価値がぼやけてしまう可能性もあります。 ですがここでは、それ以上に考えるべき観点として、価値最大化のコストパフォーマンスを検討することを提唱します。
例えば、サポートプロセスを手厚くすることによって、顧客は受け取る価値が強まるでしょう。そして表裏一体ですが、カスタマーサポートの人件費やその育成コストなど様々なコストがかかってきます。加えて営業からの連携難易度の上昇など、部署間におけるコストにも影響を及ぼします。
顧客が求めていることを把握し、最小の資源を用いながら、最大の付加価値に繋げられるようなValue Chainを構築することが重要です。

動的な「過程」としての価値最大化とは?

価値の最大化に関して、すべての経営戦略における本が静的な均衡点として捉えた訳ではありません。例えば「戦略サファリ」の著者であるH.ミンツバーグは下記のように述べています。

問題の本質は、戦略策定と実行を分けて考えてしまうこと、つまり思考と行動を切り離すこと自体にある。

H.ミンツバーグ「戦略サファリ」

ミンツバーグはその著書の中で、計画だけで経営や事業を捉えることの危険性を述べています。これを表す事例としてホンダのアメリカ進出におけるBCGの分析への批判は非常に興味深いので是非読んでみてください。

ですが、たとえ精緻な戦略はなくとも、必ず向かうべき方向性という意味で計画は求められます。事業環境の変化が速かったり、その変化の影響度が大きかったりする場合においては、足元の実行だけでは変化への対応が追い付かなくなるからです。

そのため動的な「過程」としての価値最大化においては、買い手にとっての価値基準を上回る価値を提供できるような計画を立てることが重要です。ですが計画を立てるだけでは、実際にそこに辿り着けるわけではありません。現場の実行(創発)を通じて、価値基準を実際に高めていくことが求められます。

動的な「過程」としての価値最大化とは? ※筆者作成

その際に計画した以上に価値創造をできることもあるでしょう。ですが、それを下回ることももちろん起こりえます。そのため、創発によって計画以上の価値創造ができるような企業体制や組織創りを行っていくことが求められます。また計画がなければ、創発によって価値が向上したとしても限定的であったり、気づかぬ内に価値が棄損されていることだってあります。

つまり計画を適切に持ったうえで、その計画通りないしはその計画を超える価値の向上を実現できるような企業となることが継続的に企業として成長をしていくためには必要になってきます。これが直近においてエンゲージメントなどの組織開発が強く求められるようになっている背景にあります。

計画・創発の両立における重要性 ※筆者作成

計画と創発を通じた価値創出に関しては、様々な理論が存在します。その中で「ダイナミックケイパビリティ」「SECIモデル」の2つの理論をピックアップしようと思います。

ダイナミックケイパビリティとは、企業独自の資産を継続的に創造・拡張・改良・保護することを通じて、市場において自社の商品サービスにおける価値ある状態を維持する能力です。HRBrainのメディアでも説明がありますので是非ご覧ください。
https://www.hrbrain.jp/media/human-resources-management/dynamic-capability

D.J.ティースによって書かれた「ダイナミック・ケイパビリティの企業理論」において、ダイナミックケイパビリティは「感知・捕捉・脅威/変容のマネジメント」の3つに分解されています。それぞれ機会・脅威を感知し形成する能力、機会を捕捉する能力、企業の有形・無形の価値を高め、結合や再配置することで競争力を維持する能力のことを指します。

このケイパビリティを持つことで、適切に外部環境の変化を察知し、その変化に合わせた変化を実現することで付加価値を高め、継続的に成長できるような状態に導くことができます。

無形資産と価値創造の接続(ダイナミックケイパビリティ)※筆者作成

続いてSECIモデルとは、野中郁次郎・竹中弘高によって書かれた「知識創造企業」において紹介された、企業が環境変化に対応するような知識の創造におけるプロセスを整理したものである。
ちなみにこの本においても「動的な過程」に類する記載があり、事業成長や変化適応において「創発」の重要性が語られています。

組織が不安定な環境に対処するときは、単に受動的に適応するだけではなく、能動的に環境と相互作用を行う。組織には自己変革の能力がある。しかし既成の組織論の多くは、受動的で静態的である。変化する環境にダイナミックに対処したいと願うのであれば、情報・知識を単に効率的に処理するだけでなく、それらを創造するような組織であらねばならない。

野中郁次郎・竹中弘高「知識創造経営」

SECIモデルで提唱された知識創造のプロセスに詳細を説明します。

  1. まず日々の業務を行っている中で生じる個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」が行われます。

  2. その後に暗黙知から形式知へと昇華するプロセスで概念を生み出す「表出化」によって、周囲に共有可能な知識が生み出されます。

  3. これらの知識が集約・蓄積されるプロセスを通じて各形式知から体系的な形式知へと連結する「連結化」が行われ、知識が体系だったものとなります。

  4. その知識を実際に用いることを通じて、各個人が暗黙知を創造する「内面化」へと移行し、また共同化へと繋がっていきます。

このように絶えず知識を活用しながら、またその知識から知識を獲得していくというものがSECIモデルであり、当時の日本企業における高い技術力や生産性に関して説明したものとして脚光を浴びました。

無形資産の強化(SECIモデル)※筆者作成

これら二つの理論から分かることとして、ケイパビリティや知識とした無形資産から無形資産は再生産され、それが蓄積されていくことによって差別性のある価値を継続的に提供することができると言えます。

つまり動的な「過程」としての価値最大化のプロセスは、環境変化を捉え、それを無形資産として蓄積していきながら、競合が模倣できないようなケイパビリティや知識のプールを構築すること、そしてそれを資本としながらユニークな価値提供プロセス(Value Chain)を更新し続けることにあると整理することができます。

これに関してゲイリー・ハメルとC.K.プラハラードによって広められた「コアコンピタンス」という他社には模倣することができない価値の源泉となる企業内部に蓄積された独自のスキルや技術の集合体という概念と通ずるところがあります。

動的な「過程」としての価値最大化プロセス ※筆者作成

これらの内容を踏まえて、価値の最大化を「過程」として適切に対応していくためには、下記のようなプロセスを継続的に回すことであくなき価値最大化の追求を行っていくことが重要です。

■計画フェーズ
・提供したい価値を戦略的に計画を立てること
・その計画を踏まえて提供価値や紐づくValue Chainを修正すること

■創発フェーズ
・Value Chainの変更をしながら、新たな価値の創造を行う(創造)
・変化で生じた知識やケイパビリティを暗黙知から形式知に転換する(固定)
・環境変化を捉えてValue Chainの再構築や形式知における修正を行う(修正)
・各種知識を統合したり、価値を統合することで新たな価値を生み出す(統合)

陥りがちな点としては下記の3点が挙げられ、これらに陥ってしまうと価値が生み出されず、結果として継続的な成長を実現するような価値の創造ができなくなってしまいます。

  • 変化する市場を適切に踏まられておらず、創造を含む計画になっていないこと

  • 創造があるものの、知識やケイパビリティに繋がらないこと

  • 一時の知識やケイパビリティに囚われて、修正や統合を行わないということ

Value Chainを起点に、価値最大化経営の実現のためには「静的な均衡点」と「動的な過程」を両面で適切に捉えながら、提供価値を高め続けていくことによって継続的な成長が実現できるという一連のストーリーを展開してきました。

ここまで整理してきて、動的な「過程」として企業活動を捉えると、自ずと無形資産を高めていくor高まっていくことによってでしか、継続的な企業成長を説明することはできないと言えます。以降は事業編から組織編へと移行していきながら、無形資産を最大化することで、提供価値を最大化していく組織とはどのようなものかについて説明していければと思います。

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