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『桜のような僕の恋人』 花咲く季節だけが桜なのか

 一度目はただただ号泣し、少し経って二度目を観て、受け取り方が変わり、より深く感動しながらも泣くことができなくなってしまいました。三度目を観たいまは、また少し違った印象を抱いています。観るたびに違う体験をさせてくれる、そんな素敵な作品でした。

 タイトルが示す「桜」とは、花咲く季節の桜なのか、それとも、季節とともに変化していく桜なのか、そんなことを考えながらこの文章を書いています。



・変わる魔法と変わらない魔法

 二度目を観終わったあと、この作品は、反対の性質をもつ魔法を使う二人が、その性質の違いゆえにすれ違ってしまう物語なのだと感じました。

 美容師をしている美咲の魔法は「変わる魔法」です。美咲は以前行った美容室で、ずっと悩んでいた天然パーマから解放され、鏡に映った自分の姿に感動するという魔法のような体験をきっかけに、美容師を目指すことになります。
 誰かの髪に魔法をかけ、お客さんが自分を可愛いと思えるようになってほしい、そんな美容師になるのが美咲の夢です。

 一方、晴人は、かつて父に写真を撮らせてもらった際、カメラはその瞬間をハサミで切り取って永遠に写真の中に閉じ込めてしまう魔法だ、と感じたことで、カメラマンを目指します。しかし、気持ちが長続きせず、せっかく入った写真事務所をすぐにやめてしまい、バイトを点々としていました。
 晴人のカメラに備わっているのは「変わらない魔法」です。



・変化しつづける美咲と変化をしらない晴人

 ある夏の日、フリークーポンに釣られた晴人は美咲の働くサロンを訪れます。そこで美咲が彼の担当になるのですが、髪を切ってもらった晴人は、鏡に映った自分の姿にはあまり関心を示さず、同じ鏡に映った美咲に惹かれてしまうのでした。
 それから晴人は美咲のサロンへ通うようになり、彼の耳をハサミで切ってしまう事件をきっかけに二人はデートをすることになります。しかし、この頃から美咲に変化が訪れはじめます。それまで季節の変化にも気づかないほど夢中だった美咲の仕事の描写が減り、デートをする二人の幸せそうな姿に変わります。そして、晴人に綺麗だと言われ、プロポーズされ、幸せのピークを迎えるところで、体が急激に老化していく病気、早老症を宣告されてしまうのでした。
「誰かに魔法かけるどころか自分が醜くなっちゃうなんてね」そう呟く姿や、晴人からもらったシザーケースを抱えて泣くシーンがとても印象的でした。

 その後、美咲はとつぜん晴人の家を訪れます。カメラを見つけた美咲は、「カメラはその瞬間を永遠に閉じ込めてしまう魔法の道具」だと言った晴人の言葉を思い出し、私も撮ってみたいと言い、二人で撮影に出かけます。
 フィルムが最後の一枚になったとき、一緒に撮ろうと晴人は言いますが、美咲はそんな彼にレンズを向けシャッターを押してしまいます。写真には、焦点が合わずブレブレの晴人が永遠に閉じ込められてしまいました。 
 この日を境に二人はすれ違っていきます。


・手付かずのいちごゼリーと食べ終わった
いちごゼリー

 私には、それからずっと、変わり続ける美咲と変わらない晴人はすれ違い続けているように感じました。
 そのことを特に印象付けたのは、物語のラストで晴人が手紙を読んでいるとき、写真展を訪れる美咲の様子が回想として流れるシーンです。
 回想シーンの美咲は、最初の写真を見たあと、他の写真は素通りするようにして、タイトルが印刷されたパネルへと向かいます。そこに記された文字に触れながら涙をながし、そして、振り返ることなく会場を後にします。
 まるで美咲は晴人の写真に惹かれなかったかのように私には感じられました。

 会場に展示されていた写真には、二人で過ごした思い出の場所から美咲がいなくなった風景が切り取られ、「変わらないもの」というタイトルが付けられていました。
 同じ風景を見ても、変わらない美咲を想う変わらない晴人と、変化と向き合い消えそうになっている美咲とでは、受け取り方が違ったのかもしれません。そのあとに師匠の澤井が言った、「答えはファインダーの中にしかないんだよ」という言葉が意味深です。

 もしかしたら美咲は、晴人に会いたいという想いとは別に、晴人の魔法にかかりたいという想いを抱いて、写真展へ行ったのかもしれません。ところが、そこにあった写真の中に、美咲はいませんでした。
「変わらないもの」は、写真の中にではなく、晴人の中にあることを知り、美咲は晴人に会いたいと願います。そんな美咲の前に晴人は現れるのですが、変わらない美咲を想い続ける晴人は、変わってしまった美咲に気付くことはできませんでした。
 「僕は春がくると、君のことを思い出すんだ。桜のような、僕の恋人」
 晴人が想う桜のような恋人は、花咲く季節の桜であり、現実の彼女は、その季節をすでに通りすぎてしまっていたのでした。

 笑顔も泣き顔も怒った顔も、同じ人の一面であるように、桜は花を咲かせるときだけが桜ではなく、花が散っても、葉が枯れ落ちても、桜です。ふすま越しに話しかけていた美咲がすごいスピードで変わっていることに想いをめぐらせ、必死で追いすがろうとしていたなら、すれ違った彼女に気付けていたのかもしれません。  
 
 でも、実際にはどれだけの人が、花のない桜を見上げたことがあるのでしょうか。
 
 そして美咲は、花びらをすべて置いていくかのように、思い出の詰まった桜色のシザーケースや帽子、花柄のワンピースを残して去っていきました。
 美咲が置いていった花びらは、思い出とともに晴人のもとに残ります。たぶん永遠に。 


・二度目の気付きと三度目の見落とし

 「気付いてあげられなかった」と晴人が悔やむ場面が作中で二度描かれています。病気に気付いてあげられなかったことと、すれ違った女性が美咲だと気付いてあげられなかったこと。
 そして、映画の最後で、晴人がまだ気付いていないことが示されます。
エンディングの最後のシーンで、カメラマンを目指して上京したばかりの頃、東京タワーの写真を撮る晴人が描かれています。そのとき晴人が撮ったモノトーンの写真の中に美咲が映っていたのでした。晴人の家へ行った日や写真展に行った日と同じく、赤い色の服を着て。
 

 ところで、美咲が大好きないちごゼリーも、作中に二度登場します。
晴人のぶんはどちらも手付かずのまま残され、美咲のぶんは、どちらも、一番下の赤い層だけが残されていました。


最後まで読んでいただきありがとうございます。






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