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【米国不法移民問題の背景】アメリカと移民、そして大統領選挙

The United States has long had more immigrants than any other country. In fact, the US is home to one-fifth of international migrants.

訳:アメリカは長きにわたってどの国よりも多くの移民を受け入れている。実際、世界の移住者の5人に1人がアメリカを第二の故郷にしている。(Pew Research Centerより)

【解説】

アメリカの移民1世、つまり海外から移住してきたのちに定住し、市民権をとっている人の数は、2023年現在で4,760万人にとなり、さらにその数は増えようとしています。アメリカの人口は3億3,300万人ですから、その占める割合は14%以上となります。
コロナ禍の直接の影響と、その後のライフスタイルの変化なのか、鈍化傾向はあるものの、先進国の中でこの国だけは常に人口が増加しています。その最も大きな原因が、この新たな移民の流入によるものです。
当然、移民1世の多くは成人、あるいは成人に近い年齢で入国してきています。こうした新たな移民が多く生活する地域はといえば、カリフォルニア州、ニューヨーク州が際立って多く、その次にフロリダ州、テキサス州、イリノイ州、ジョージア州、ワシントン州、首都ワシントンDCと続き、都市部に集中していることがうかがえます。

では、その内訳はといえば、メキシコからの移民が圧倒的に多く、全体の23%で、それに続きインド、中国、フィリピンと続きますが、その占める割合はそれぞれが2%台にとどまっています。
移民の流入の是非が、今回の大統領選挙での論点となっているわけですが、実はそこに大きな誤解があることをこれから解説します。つまり、アメリカの社会を知るには、海外の人が抱く移民像とアメリカ人の抱くそれとの違いを知る必要があるからです。

まず、海外と異なり、アメリカは建国以来現在まで、常に移民が建設してきた国家であることを再認識しなければなりません。従って、どちらの候補も一概に移民を否定できない現実を多くの人は見落としています。
アメリカには、独立以前のイギリスやオランダなどからの移民を除けば、その後移民が押し寄せてきた3つの時期があります。最初におきたのは、北部ヨーロッパからの移民の増加です。1840年代から40年にわたって、ドイツやアイルランドなどをはじめ、イギリスや北欧から1,400万人以上の人々が新大陸に渡っています。彼らの中で地方に移住した人々と、それ以前からアメリカに住んでいた最古参の移民の子孫の多くが、現在の共和党の支持母体となっています。

次は、1890年からの30年間となります。継続的にアメリカに上陸するイギリスやアイルランドからの人々に加え、イタリアやロシアを含む東欧からの人々が急激に増加したのです。特に目立ったのが、東欧からのユダヤ系の人々で、ヨーロッパでの偏見を背負って新大陸にやってきた彼らの多くは、地方での差別を逃れて東海岸を中心とした都市部に居住しました。その結果ニューヨークなどの人口が急激に増加したのです。この間に1,800万人以上の人々がアメリカの大地を踏みました。彼らが現在の民主党の支持母体となる人々なのです。

そして、3つ目の波の主人公が1965年から現在に至る中南米、カリブ海、そしてアジアからの人々です。アメリカに韓国系や中国系、さらにラテンアメリカ系の人々が急激に目立つようになったのはこの時期からです。その数は7,200万人にものぼります。そして彼らの多くは、現代のアメリカの先端産業を支える人々でもあり、同時に都市部の人々の生活に欠かせないサービスを提供する人々でもあるのです。 アメリカが多様性を国の価値観の中心におくようになったのは、元々奴隷としてアメリカに渡ってきた黒人への人権の付与という長い道のりと無関係ではありません。彼らがおこした公民権運動によって、移民を含むマイノリティを平等に保護する制度が整った60年代後半以降に、こうした新たな移民の波が押し寄せたことは、決して偶然のなせる技ではなかったのです。
この多様性への批判と、失われた価値観への回帰現象が、ここのところアメリカで語られる「分断」の意識的背景となったのです。その際右翼がトランプ前大統領の岩盤支持層へと変質していったのが2016年以降の現象だったのです。

しかし、ここに挙げた人々のほとんどは、いわゆる合法的な移民となります。
ここでもう一つの誤解を解かなければなりません。
トランプ前大統領は、合法的に市民となった移民を批判の対象とすることはできないという現実です。それはアメリカそのものを否定することになるからです。そこで、彼は「不法移民」という言葉を使い、国境を越えてアメリカに流入するメキシコからの移民に焦点を絞って、自らの主張を展開しているのです。しかし、この主張に合法的な移民の多くは危機感を覚えます。というのも、合法的な移民の多くは例の第3の波にのってアメリカに来た人々かその子孫で、彼らは元々現在の不法移民と同じ境遇にあったのみならず、同じ人種的背景をもつ人々も多くいるからです。一方で、トランプ氏に共感する合法移民の子孫もいます。それは、自らアメリカで苦労の末に得たステータスを新たな移民が脅かすことからくる不安であるといわれます。

一方で、不法移民という言葉に疑問を抱き、「Undocumented Immigrants(書類上認められていない移民)」という表現で彼らを擁護し、こうした人々の人権を守ることで、アメリカ社会の多様性を維持しようする人々も多くいます。カマラ・ハリス支持の中核となる人々です。統計によれば、アメリカの労働者の8%はこのカテゴリーの移民です。わかりやすくいえば、彼らがいないと、アメリカ人の庭の掃除からはじまって、公共のサービスですら受けられないのです。
アメリカ人であれば多くの人は思います。入国者が正当なプロセスをふんで移民として移住してくることは拒まないと。そして、メキシコとの国境を密かに越えて移住してくる人々に対して壁をつくることは仕方のないことだと。この壁の是非については、批判に終始していた民主党側も一般のアメリカの有権者に配慮してか、妥協を余儀なくされているようです。移民の是非の問題は、このように移民の属性をしっかり把握しなければ、簡単に評論できないのです。

これが大統領選挙を控えたアメリカの移民問題の現実です。
この現実がヨーロッパと大きく異なることは、ヨーロッパはもともと自らの土地から移民を押し出していたという現実です。また、中東やアジアなどは、もともとヨーロッパ諸国が植民地にしていた地域であって、そこからの移民や難民が今ではヨーロッパに逆流したり、アメリカに新たな移民として流出したりしているということも理解しなければなりません。
今、大統領選挙を目前に、世界中で今後のアメリカを予測できないもどかしさと苛立ちを露わにするように外交活動が活発になっています。ウクライナのゼレンスキー大統領が訪米し、双方の大統領候補に面会したかと思えば、イスラエルでは大統領選挙の行方を自らに利するようにしようとそうとするかのように、急遽レバノンへの攻撃を開始しています。そして中国とロシアはその連携の強化を見せつけるかのように、軍事活動を続けています。しかし、アメリカは今最も外交の舵がきれない状態にあるのです。この移民の問題をはじめとするアメリカの内政へのアピールなしには、どちらの候補も選挙に勝てないからです。
アメリカの目が最も内向きになるこの時期を、世界がどのように活用できるのか、それともできないのか。それはそれぞれの国の置かれている状況によって大きく異なっているようです。

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