竹馬ん友の頭ん中。【短編小説】
メロス。君がアホの子であることは承知している。
だが、今回だけは言わせてもらうぞ。
その一。王の暗殺を企てるなら、家の用事は済ませてから来なさい。
その二。勝手に人を身代わり指名するんじゃありません!
幼少期に足が速いというだけで女子にもてはやされ、勘違いして成長したせいで友と呼べる者がいないのは知っているが。
私は今、誰とでも広く親交を持ってきた事をかつてないほど悔やんているぞ。
なぜ、私が君の指名を受けたと思う?
私はこの城下町に暮らしている。石工(=自営業)で、弟子も数人抱えている。
「あの人、友人を見殺しにしてのうのうと生きているんだって」
「技術は認めるけど人間性が最悪! 信用できない!」
これらの噂が立ったら、もう商売上がったり。再就職も絶望的。
わかるか、メロス。その赤子の肌のようにつるつるスベスベの脳みそでちびっとでも理解しろコンチクショー!!
「太陽が頂点を超えたが、あの男はまだ戻って来ぬ。やはり貴様は処刑台に登るさだめよ」
「………」
「最期に食したいものがあれば何なりと言うがいい。必ず希望を叶えてやるぞ?」
「メロスは必ず来ます」
正直、最上級のステーキが食べたい。一生で一度くらい、舌の上で蕩ける肉を味わいたい……!
だが、そんな事を言えば「人質は匙を投げた」と言いふらされるだろう。
メロスの耳に入ったら、ショックの余り確実にふて寝をキメる。あれはヒネてない分、融通が利かない。全部素直に受け止める直情型アホの子なのだ。
あと、数日前に嵐が来たし、王も刺客くらい送っているだろうから多少到着は遅れるだろう。最近暑いしな……。ちゃんと水分を取れよ、塩分も忘れずに。
あれ、どうしよう。手汗がやばい。
「私を殴れ。力一杯に頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若もし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」
結論から言うと、メロスは来た。でも、めっちゃギリギリ滑り込みセーフだった。
もう死ぬ覚悟決まってたわ。もう情緒プッツンして「おっせーよ!!!」って叫びたいけど皆に見られてるから無理です。辛い!
だから、メロスに「殴れ」と言われた時は全力だった。勝手に全力になった。石工の渾身の一撃はエグかった。すっごい音がした。
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
気まずい雰囲気にならないよう、私も自分を殴れと言った。そしたら本当に強烈すぎる一撃をくらった。感謝の気持ちは!? そういうところだぞ、メロス!
「「ありがとう、友よ」」
メロスは心から泣いていた。私は痛みで半べそなのを誤魔化すためにも泣いていた。
ここから色々あって、許しを得た。王の友人認定もされた。まあここまではいい。
だが、お嬢さん。メロスを旦那にするな、絶対に苦労するぞ?
「メロス、君は真っ裸じゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
まあ、こう言っておけば、この野郎は貴女にすぐに絡み出すだろう。
そしてすぐに気づかれるに違いないのだ――"こいつ、絶対友達いないタイプだ"と。
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