野生動物をとることについて、宮澤賢治はこう考えていた
おい、熊ども。
きさまらのしたことはもっともだ。
けれどもな おれたちだって仕方ない。
生きているにはきものも着なきゃいけないんだ。
おまえたちが魚をとるようなもんだぜ。
けれどもあんまり無法なことは
これから気を付けるようにいうから
今度はゆるしてくれ。
童話「氷河鼠の毛皮」
「氷河鼠の毛皮」は、黒狐の毛皮九百枚を求めてベーリング行きの急行列車に乗ったイーハトーブのタイチなる人物が、白熊のような雪狐のような、皮が毛皮でできているようなものたちに襲われるはなしです。紹介したのは、ことの成り行きを見ていた黄色い帆布の青年が、熊どもからタイチを助けて言うせりふです。
これは「よだかの星」のなかで、虫のいのちをいただいて生きていることに悩んだよだかが、かわせみに言うつぎのせりふと共通します。
たいせつなのは「いたずらに」というところでしょう。タイチはラッコ裏の内外套と海狸の中外套、黒狐表裏の外外套などを着たうえ氷河鼠の頸のところだけで拵えた上着を着ていますから、明らかに過剰です。ちなみに「氷河鼠」という動物は実在しませんが、おそらくは北極近辺に生息するネズミのなかま「レミング」でしょう。
皮もまた動物からのいただきもの。余分には持つまいというのが、宮澤賢治の主張です。食肉と同様、皮製品のすべてを否定しているのではありません。賢治自身、鹿革の陣羽織を仕立て直した上着を、「汚れなくていい」と言って愛用していました。靴やバッグを含め、皮製品は大事に使われることで、再び育つものとも言えます。
(『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』(澤口たまみ著)より)
※権利の都合上、書籍とは異なる写真を掲載しています。
宮澤賢治のおはなしには、自然を見る魅力的な視点が詰まっている。
岩手在住で賢治の後輩でもあるエッセイストが、その言葉を紐とき、自然をより楽しく見るための視点を綴る。
著 澤口たまみ
定価 2090円(本体1900円+税10%)
発売日 2023年2月13日
四六版 208ページ
内容紹介
⽊の芽の宝⽯、春の速さを⾒る、醜い⽣きものはいない、⾵の指を⾒る、過去へ旅する…
⾃然をこんなふうに感じとってみたいと思わせる、宮澤賢治の57のことばをやさしく丁寧に紐といた⼀冊です。
「銀河鉄道の夜」も「注⽂の多い料理店」も、宮澤賢治は、おはなしの多くを⾃然から拾ってきたといいます。それらの⾔葉から、⾃然を⾒る視点の妙や魅⼒をエッセイストの澤⼝たまみさんが優しくあたたかな⽬線で綴ります。
読めばきっと、こういうふうに⾃然を感じとってみたい、こんなふうに季節を楽しみたい、と思わせてくれる一冊です。
著者紹介
澤口たまみ
エッセイスト・絵本作家。1960年、岩手県盛岡市生まれ。1990年『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で日本エッセイストクラブ賞、2017年『わたしのこねこ』(絵・あずみ虫、福音館書店)で産経児童出版文化賞美術賞を受賞。 主に福音館書店でかがく絵本のテキストを手がける。絵本に『どんぐりころころむし』(絵・たしろちさと、福音館書店)ほか多数。宮澤賢治の後輩として、その作品を読み解くことを続けており、エッセイに『新版 宮澤賢治 愛のうた』(夕書房)などがある。賢治作品をはじめとする文学を音楽家の演奏とともに朗読する活動を行い、 CDを自主制作している。岩手県紫波町在住。
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