4月30日は「ヴァルプルギスの夜」。魔女と悪魔が夜通し饗宴を開きます
「ヴァルプルギスの夜」を知っていますか? ゲーテ『ファウスト』などのドイツ文学作品やアニメーションの世界などで聞いたことがある方は多いかもしれません。ドイツでは、古くから4月30日〜5月1日を「ヴァルプルギスの夜」とし、各地でお祭りが開催されています。『魔女学校の教科書』(静山社)や『魔女の薬草箱』(山と溪谷社)など、ドイツの魔女に関する書籍を多く出されている作家の西村佑子さんに、「ヴァルプルギスの夜」についてお聞きしました。
——西村さんはドイツの魔女がご専門ですが、魔女を題材にするきっかけは?
私と魔女との繋がりは、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」に登場する魔女が最初でした。当時、魔女というとグリム童話くらいしかなかったんです。もう少し後になると、ディズニーのシンデレラや白雪姫、角野栄子さんの『魔女の宅急便』などが出てきましたが、当時は、ゲーテの『ファウスト』を読んでも、魔女に特化して描かれてはおらず、特別興味を持ちませんでした。
ある時、ドイツの知人から魔女人形をもらいました。ドイツには私の知らない「魔女像」があることを知り、興味を持ちました。またその旅で、ドイツにおける魔女迫害の歴史も知ることになります。その時から「私は歩いて魔女を調べよう」と思いました。資料をきちんと読み込んで研究する学者はいるけれど、私は学者にはならず、独断と偏見でいいからドイツの魔女の形跡を辿って、「私の魔女の思いを書くんだ」と決心したんです。
——魔女への興味のはじまりは、お知り合いからもらった魔女人形だったのですね。
ドイツでは、「ヴァルプルギスの夜」に開催されるお祭りなどで、地元の人たちが作った魔女人形が売られています。私がもらった魔女人形も知人である牧師さんの奥さんの手作りでした。日常に魔女が存在するドイツ人と魔女の距離感を感じました。
——ドイツで現在も開催している「ヴァルプルギスの夜」のお祭りですが、いつ頃から始まったのでしょうか。
「ヴァルプルギスの夜」は、日本では「ワルプルギスの夜」とも呼ばれますが、ドイツだけでなく、北欧にも昔から伝わる春迎えの行事です。それぞれの国で行事の仕方は異なります。ドイツの「ヴァルプルギスの夜」は、ハルツ山地の伝説として17世紀の文献に出てきます。それによると、4月30日の夜、魔女たちと悪魔は、ハルツ山地の最高峰ブロッケン山に集まり、夜通し饗宴を開きます。暁を知らせる鶏の声が聞こえると、いっせいに姿を消し、翌5月1日から春がはじまるというものです。
つまり、悪魔と魔女は「冬の魔」というわけなのですね。
元々は、春迎えの祭りは、土着の人々が自分たちの信じる古代の神々に祈って、春を呼ぶ行事でした。でも、キリスト教がヨーロッパに伝わると、古代の神々は異教の神として排除され、冬の魔=悪魔や魔女にされてしまったのです。この悪魔と魔女が「ヴァルプルギスの夜」の主役です。
——「ヴァルプルギスの夜」は、それまで伝説にしかなかったものなのですね。
そうです。19世紀の終わり頃、これを再現させようとハルツ地方の二つの町が中心となって、1898年にブロッケン山頂で第1回目の「ヴァルプルギスの夜」の祭りを開催しました。
1901年にはブロッケン山頂行きの特別列車も走り、とても盛大な祭りになりましたが、その結果、山が荒らされてしまい、結局山頂での祭りは禁止になってしまいます。それ以来、祭りはブロッケン山の麓の町や村で行われるようになりました。現代の「ヴァルプルギスの夜」は、第二次世界大戦の間、一時中断されましたが、戦後すぐに再開されています。
——現代版「ヴァルプルギスの夜」はどのようなものですか? 西村さんが一番印象に残っている祭りは?
たいていのお祭りは、夕方6時頃から夜中の12時頃まで続きます。昼頃にはすでに会場が設営され、屋台にはたくさんの人があふれます。古代ゲルマン人が好んで飲んでいたメートという飲み物も人気で、蜂蜜を発酵させたお酒なんですが、甘くて飲みやすいものの、アルコール度数が高くとても強いお酒です。午後の早い時間は子どものための祭りで、魔女の仮装大会などもあります。ブロッケン山の麓の多くの町々で行われるのですが、大小様々で、どの町も趣向を凝らし、この夜を演出します。大々的なイベントを企画したり、ホテルに地元の人だけが寄り集まって仲間たちで祝ったり、子ども向けの催しに力を入れたりと様々です。
私が一番印象に残っているのは、1999年にブロッケン山のふもとの町シールケで行われた祭りです。シールケはゲーテが『ファウスト』で取り上げた「ヴァルプルギスの夜」に出てきます。この年は、丁度ゲーテ生誕250周年だったので特に力を入れていて、ホテルに科学者や歴史学者、作家、ジェンダー研究者、地質学者たちを集めて魔女についての討論会がありました。ゲストは、それぞれの国が過去に行ってきた魔女迫害について語り「邪悪な魔女なんていなかったんだ」と語り、「ヴァルプルギスの夜」を単なる観光用の祭りにしてしまってはならないという強い思いを感じ、感心した記憶があります。
いつか日本でもこのような「ヴァルプルギスの夜」ができればいいなと思っています。
——西村さんは日本で「ヴァルプルギスの夜」を開催したいと強く思われていますね。どんなイベントにされたいのでしょうか。
日本人にとって魔女は、アニメや物語の中で見られるキャラクター像が強く、まだまだ、「外国の人」という印象が強いのです。実際、イベントなどで読者さんに会って話しをすることがありますが、多くの人は外国のステレオタイプな魔女のイメージを持っているようです。『魔女街道の旅』でも扱いましたが、魔女の明るい部分だけを見るのではなくて、歴史的な背景や事実なども知って欲しいと思っています。日本で「ヴァルプルギスの夜」をやるのであれば、このような魔女の別の姿というものも紹介したいなと思っています。
そして、今、模索しているのは、「22世紀の新しい魔女像は作れる? 22世紀の新しい魔女像はどんなもの?」というテーマです。私はドイツを歩き、魔女について調べていているため、どうしても魔女裁判などの暗い一面を伝えることになりますが、どうやら、現代に求められているのはポジティブな魔女像なのかなぁと感じることがあります。
そんなこんなを考えながら、コロナ禍のために行けなかったドイツの「魔女街道」を久しぶりに歩いて来ようと思っています。
おしまい
西村佑子さんの著者を紹介!
『魔女街道の旅』
魔女迫害、魔女裁判、ドイツ最後の魔女、ブロッケン山、ヴァルプルギスの夜……。魔女の歴史と正体を知るためのドイツの旅。
ドイツを旅をするように、魔女についての理解が深まる本。
『魔女の薬草箱』
魔女の正体を探る上で重要な数十種類の薬草を取り上げ、
それぞれにまつわる魔女のエピソードをご紹介。
魔女ファンに絶大の人気を誇る「魔女の薬草箱」が待望の文庫化。