見出し画像

SF笑説「がんばれ!半田くん」  ⑤ 笠山つばきの冒険

 私の名前は、笠山つばき。友達はみんな、私のことを「つばきちゃん」と呼んでます。山口県萩市にある美怜小学校に通っている小学5年生よ。お父さんは笠山のぼる、お母さんは笠山さくらです。二人とも萩市内で学校の先生をしています。でも、私たちが通う美怜小学校ではないのよ。私は一人っ子で、家族三人で越ケ浜こしがはまに暮らしています。笠山は、今から約8800年前に噴火した山口県で最も若い火山なで、中国地方にたった2つしかない活火山の1つでもあるのよ。噴火した当時の笠山は、海に囲まれた島だったけど、沿岸流が土砂を運んで砂州をつくってくれたおかげで、今は陸続きになっているわ。この砂州の上は越ケ浜と呼ばれていて、私達のお家はそこに建っています。越ケ浜で井戸を掘っても海水しか出てこないから、昔この地区の女性や子供は泣く泣く長い距離を水汲みに行ったと言われているわ。明治元年に、吉田松陰の兄の杉民治さんによって、山口県最初の水道「休労泉」が造られて、越ケ浜の人たちはやっと水汲みの苦労から免れたらしいわ。私は当然やったことないし、水汲みをやれって言われたら、ぜったいイヤ!そんなときは、同級生の半田くんを呼んで、水汲みをやらせるわ。「水汲みしないと、水かけちゃうぞ。」っておどすと、きっとやってくれるもん。半田くんは水に弱いからね。半田くんは、いい子なんだけど、弱っちいし、ドジだし、私が助けてあげないと、学校ですぐいじめられちゃうんだ。まあ、ときどきこき使うけど、困ったときは助けてあげることにしてるんだ。友達だもん。今頃どうしてるかなぁ?

私は、学校から帰ったら、越ケ浜の家から自転車で笠山の海岸まで遊びに行くのが日課よ。そして、萩湾に沈む夕日を眺めたり、萩六島が海に浮かんでいる様を見るのも、大好きだわ。萩六島は、一番大きな大島をはじめ、櫃島、肥島、羽島、尾島、相島という、萩湾に浮かんでいる6つの島なの。その一つひとつが昔噴火した火山で、笠山が一番最後に噴火した火山だから、萩六島は、笠山のお兄さんやお姉さんに当たるんだわ。大島には、私の同級生の「オシ丸、ヒシ丸、ハジ丸、ヒツ美、オオ美、アイ美の六つ子も住んでいるの。六つ子と六島って、なんかピッタリすぎて、おかしいでしょう?だから私はいつも、萩六島のことを萩六つ子島って呼んでいるわ。

 笠山の海岸では、夕日や萩六島を眺めることも多いけど、一番の楽しみは、海岸に出ている黒っぽくてゴツゴツした安山岩を眺めることなの。半田くんは、いつも石灰岩を見て遊んでるって言ってたけど、私も石を眺めるのが好き。笠山の海岸の石は、黒っぽい石で表面にポツポツ穴が空いている安山岩で、半田くんが好きな白い石灰岩とだいぶ違うわ。笠山が今から約8800年前に噴火したときに流れ出た溶岩が固まった石らしい。場所によっては、溶岩が流れた様子がわかる模様も見えたりするのよ。石の表面のポツポツの穴は、マグマが冷えるときにガスが抜けた跡なんだって。いろいろな姿の石を眺めながら、火山が噴火した当時はどんな様子だったんだろうって、想像するの大好き。アメリカのハワイ島では、今でも火山がどんどん噴火して溶岩が流れる様子や冷えて、岩石になる様子をみることができるんだって、指月先生が教えてくれたわ。大人になったら、行きたいなぁ。半田くん、連れて行ってくれないかな?いや、命令で無理やり一緒に行かせてしまおうかな。きっとついて来てくれるわ。こわごわだろうけど。。。

 私はそんなことを考えながら、安山岩の溶岩を眺めていた。安山岩の溶岩には、数cmの長さの細長い穴が、規則正しく並んでいる。これは、昔ここで石を平たく剥がすために、楔(くさび)を打ち込んだ穴らしい。ここの石を平らに成形して、舟に載せて対岸の萩の市街地の方へ運んでいたそうだ。高杉晋作ら幕末の志士の生家などがある萩城下町の土台には、笠山の安山岩が使われていて、今もその名残を見ることができるの。そのことを、笠山地区に住む私は、とても誇りに思っているわ。

夕日が沈んで少し時間が経ち、あたりが少し暗くなってきた。もうお家に帰らないとお母さんに叱られるわ。そう思って帰り道に向かおうとして振り返ると、夕闇に浮かぶ安山岩に刻まれた楔の跡からかすかな光が漏れているのに気がついた。

「あれ?この穴の中になにか入っているのかしら?」

そう思って、指を差し込んでみると、指はすっと石の中に入っていった。そればかりか、指に続いて、掌が石の中に吸い込まれた。

「えっ?なぜ?どうしたの?この冷たい石に手が入っていくわ。」

びっくりした私は、慌てて手を引っ込めた。そして引っ込めた手をじっくり眺めてみたが、傷一つついていなかった。もちろん、痛くもなかった。

不思議に思った私は、穴の空いている石の表面に目を近づけて、よーく見てみることにした。

そのときだ。足元にあった握りこぶしくらいの石につまづいて、私は前のめりに転んでしまった。

「あっ、石で頭を打っちゃう!」

一瞬そう思って、両手を前に突き出して、身体を支えようと思った。すると、その両手は黒い安山岩の中にすっと抵抗もなく入っていって、続いて頭や上半身も石の中に飛び込んだ。ぶつかりそうになった瞬間に思わず閉じてしまった瞳をそっと開けてみると、薄暗い石の中に少し明るい色の道が奥の方に続いているのが見えた。

「なんだろう?不思議な道が続いているわ。道があるから、未知の世界?あっ、だめだめ、半田くんみたいなダジャレ人間になってしまうわ。でも、面白そうね。」

そう思った私は、上半身に続いて、左足そして次に右足を石の中に踏み入れた。私は、神社の境内など大切なところに入るときは、左足から入ると決めていた。そうすると、幸運が訪れるようなそんな気がしていた。ゲン担ぎというのかな?

「薄暗いけど、道もしっかりしていて、遠くに光も見えているし、こんな経験はめったにできないわ。ワクワクするわね。こういう新しい旅って、素敵な王子さまにであって、めでたしめでたしで終わるケースが多いんだわ。すっごく楽しみ!こんなことが、半田くんに起こったら、メソメソ泣くんだろうなぁ。あいつ弱っちいからなぁ。」

私は、同じ時刻に半田くんが別の場所で、石灰岩の中に閉じ込められて、メソメソ泣いていたなんて、そのときは全く知らなかった。

安山岩の岩を眺める「笠山つばき」ちゃん。このあと、安山岩の中に入ってしまうんだ。