ベランダ

303号室のベランダ。僕のお気に入りの場所の1つだ。
その理由は、外が眺められるからだ。

豊平川の土手、藻岩山、ステラプレイス…
綺麗な空を眺めるのにうってつけな場所は札幌にはいくらでもある。
でも僕は、2畳ほどしかないこのベランダから空を眺める。
外にいるときに眺める空はあまりにも広く、なんだか今の僕の腕では抱え込めないようで、ベランダの枠取られた空のほうが受け止めやすい。
リビングでテレビを見ているときと同じ感覚だ。

ベランダから見える景色は、空とビルが半分ずつ。
ゆっくりと流れる雲の下に、同じぐらいの背のビルが行儀良く並んでいる。まるで優等生のように、黙って突っ立っている。
やるべきことを先延ばしにして、将来のことも何ひとつ決まってない僕に、視線でプレッシャーを与えてくる…と僕は勝手に想像する。
ベランダにいて聞こえるのは車の音だけ。
途切れることなく、せわしなく音は鳴り続ける。
車はずっと動きつづけているが、授業がオンラインになった僕は外にでる予定も滅多にない。
これもプレッシャー…俺らは忙しいよ!と文句を言っているようだ。
匂うのは排気ガスとどこか冷たい香り。都会の香りだ。
きっと東京なんかでも嗅げる無個性な香りだ。
空気を触れば、僕の手をゆっくりと撫でて空気は流れていく。
このベランダに留まることはない。僕には無関心なのだ。

僕は田舎の出身だ。
実家の窓から外を見ても、ビルなんて見えなかった。
ただ広い空が広がっていた。
空は目の前にあるんじゃなくて、僕の側にあった。
抱え込む必要なんてなかった。
今季節は夏にさしかかっているが、田舎ではよくカエルの声が聞こえた。
一定のリズムで続く彼らの歌声は、生活音の一部だった。
実家の周りには田んぼがあったから、
農業用水の臭いは家の中まで流れてきた。
自然のつまった臭いは決していい臭いではなかったけれど、
嫌じゃなかった。
田んぼの上を流れる空気は生暖かかった。
ずっとまとわりついてきたけれど、鬱陶しいとは思わなかった。

303号室のベランダから今日も外を眺める。
相変わらず青空の下にビルが整列している。
車が流れ、排気ガスと冷たい空気が肌をかすめる。
ただ、じっと外を眺める。何も変わらない。
タバコをふかしてみる。もやがかかっただけ。
でも頭の中で描いてみる。
いつか、あのビルが走り出して、車が歌いだす、そんな風景を、お気に入りの香りと空気を肩に寄せて、眺める日が来るのか…と。

とりあえず、逆立ちでもしてみよう。

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