第4回 カエルとわたし (2007年6月)

 先日、茨城県古河市というところでライブをやりました。古河へ向かう道中、のどかになっていく風景に気をよくして窓全開で進むウラニーノ号。しかし、利根川を越えたあたりでドラムス小倉(群馬県在住)が絶叫いたしました。「カエルくせー!!」。カエルくさい。人生で初めて聞いた表現でした。なんでも北関東では一般的な表現なんだそうです。マジか。
 ぼくはカエルが本当に苦手で、小学生の時は通学路にカエルの死体があるだけで、30分も早く家を出て遠回りして学校へ行っていたものでした。そんなことをカミングアウトすると小倉、鼻で笑いました。小倉の通学路、梅雨の時期はカエルの遺体で埋め尽くされていたそうです。ぼくだったら間違いなく登校拒否ですね。車で走るとブチブチブチ…とカエルを潰す音が聞こえるそうです。アーメン。雨の続くこの時期、今日もどこかで命を落していくカエルさんたちのご冥福を心よりお祈りいたします。


(後記) 
 この日のライブはよく覚えている。古河スパイダーというライブハウスでのライブ。リハーサルなしのイベントだったのだが、電車が止まってしまいメンバーが本番に間に合いそうにない。困り果てた我々に、「順番代わりましょうか?」と声をかけてくれたバンドマンがいた。ウラニーノの次に出演予定だったそのバンドが順番を代わってくれたことで、なんとかライブができたのだった。一見こわそうだったけれどとてもいい人たちだった。それが毛皮のマリーズだった。そんなわけで毛皮のマリーズには個人的にすごく恩を感じているのだ。
 そんな思いもあって、後年某サーキットイベントで一緒になった時、小倉がMCで叫んだのである。「おれはこの後、毛皮のマリナーズを見に行きます!」と。毛皮のマリナーズを。恩を仇で返すとはこのことである。
 さて、カエルの話である。正直カエルは嫌いではないのだ。カエルの死体がダメなのだ。小学校の時にカエルの死体に遭遇した時は本当に泣いた。こわい、気持ち悪い、かわいそう。カエルの死体には負の感情が全て詰まっていた。
 そして忘れもしない中学の理科の教科書。最後のページに付録として、あろうことかカエルの解剖図がカラー写真で載っていたのだ。これにはまいった。この教科書作ったやつ誰だ。認可した文部省に本気で火をつけようと思った。結局、ぼくは目を反らしながらそのページを糊付けし、エロ本の袋とじのように固く封印した。
 繰り返すがカエル自体は嫌いではない。見てる分にはかわいいと思う。だから頼むから死体にならないでほしい。ぼくの目につかないところでひっそりと息を引き取ってほしいと心から思う。

 最後に。本当にカエルがダメな人もいる。以前共演させてもらったこともある、ヒラオコジョーザグループサウンズのメンバーの動画。タナケンくんには申し訳ないが最高の動画である。(2019.4.10)


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