silentと手話とわたしの震え

連続ドラマのsilent、もう終わろうかという段階だけどFODで一気に観ている。
自分でも忘れていたけど大学時代に手話をやっていた自分の経験を思い出してきたのでここに書く。

手話サークルと差別

silentをみていて、まず思ったのが人との関わり。

私は福祉研究部(手話サークルみたいなもの)に入っていて、そこではみんな(部員はたしか6人くらいだったけど)が手話で会話していた。

実は手話ってものすごくハードルが高い。
例えば人前で自己紹介をする、声を出してやるのも抵抗ある人は多い。それとまったく同じ。もちろん周りに伝わることが前提で、前提が侵されているとさらに難しくなる。

たいていは変な目で見られる。私は手話で聴覚障害者と話したことはなかったけど、聞こえている状態でやる手話と、聞こえていない状態のそれとでは、存在が大きく異なる。当然口をつぐむことにつながる。

聴覚障害者がそうならなくていいように私たちは手話で日常的に会話するようにしていた。部員にしかわからない暗号みたいな感じで大学内ではけっこう使えた。

「今日これで授業終わり?」
「今日はこれからだよ」

そんな会話を誰にも聞かれずにできるのがすごく便利だった。どこかで優越感もあった。


でも、不思議なもので、聴覚障害者の前では私たちも言葉が出なくなる。手話はよく口話と併せて使われる。手話は言葉の数が足りないから、口話や表情で補うのだ。

理解してもらおうと思えば言葉を尽くせばいいのだし、感情を乗せて話せばいいだけのこと。でも聴覚障害の人には私はそれができなかった。

あの時はそんなことあまり重くは捉えなかったけど、どこかで差別していたんだと思う。手話の話者はただでさえ数が少ないし、たまにいるやつでもこの程度だ。
どうせオレンジデイズにかぶれて意識高く冷やかしてるだけ。聴覚障害者と話すには意識や勇気、もちろん理解、いろんなものが必要になる。

Mちゃんとノートテイク


私が手話をやろうと思ったのはオレンジデイズ以外にもう一つ理由がある。
大学でボランティアの一環、ノートテイクという活動があったことだった。

当時どこにでも顔を出していた私は大学の冊子でサークル紹介があると、ほとんどのページの集合写真にうつっていた。所属は福祉研究部だ。

そのひとつに学生団体があった。そこの職員さんにあるとき声をかけられた。

「山田くん、ノートテイク(※)やってみない?募集してるんだけど」

※聴覚障害者の学生が講義を受ける際に、補助となって隣でノートをとったり、PCで文字起こしをしたり、解説したりするボランティア。

私は私立文系の大学生だから、はっきり言ってヒマだ。いつでも動ける。そこに声がかかったんだろう。

自分の都合のつくタイミングで試験的にやってみると、これが面白かった。

正直作業自体は説明するほどでもない。本当につまらない。講義もただ眠いだけ。
でも聴覚障害の学生がすごかった。Mちゃんという1学年下の女の子だった。

Mちゃんはめちゃくちゃ明るくて、聞こえないとは思えないくらいよくしゃべる。本当に声を出してしゃべる。慣れてないと何を言ってるかわからないけど、本人が必死に何度もうったえてくるから周囲も必死に聞き取ろうとする。

基本的に筆談や手話は使わなかったし、唇が読めたから聞こえてるのかと思うくらいちゃんと会話できた。不思議だったのは円になって会話していても彼女はちゃんと全員の唇を読んでいた。あれにはいつも驚かされた。

Mちゃんは美人だったし恋愛に積極的だったからいつでもラグビー部の彼氏がいた。とっかえひっかえなのになぜかいつもラグビー部。筋肉が好きらしい。
ちなみに私はMちゃんのことは1ミリも好きじゃなかったし、人間的な魅力は感じていたが女性として惹かれたことはない。

とにかく彼女と受ける講義は面白かった。

「先輩、まじねむいです」
「たぶんヅラだからちゃんと見て」

そういう会話をよく彼女のノートの左端に書いた。

卒業まで1年半くらい、数十回彼女と同じ講義を受けた。彼女は自分の可能性を諦めることをしなかった。留学にいきたいと言っていたし、課外活動にも積極的だった。そんな彼女をどうにかしてサポートしたかった。それで偶然友達がやっていた手話に出会った。

彼女は手話ができなかったけど、私が覚えて教えてあげると、翌週にはたのしそうに披露してくる。気づくと学生団体の半分くらいの人は手話をやっていた。

一応言っておくけどこれは私の功績ではなくて、Mちゃんが本当に人を惹きつける魅力的な人だってこと。
彼女から学んだのは、会話は自分から引いちゃダメなんだってこと。

話すことは震えること


そんなことがあった。私は大人数の飲み会や会合にめっぽう強く、それなりにウケもとれるし、すぐに目立つ存在になれる。
ただ残念ながら1対1で目を見て話すのはすごく苦手だ。今でも苦手。

あとすごく緊張しいだ。人前に立つのは好きだけど、話す前に毎回頭が真っ白になるし、緊張しなかったことは1度もない。

ただすごく恵まれていたのは、Mちゃんのような子に出会えたことで苦手なことにも向き合えたこと。
そして多くのチャンスをもらったから、何度もやっていくうちに練習できたこと。

自分から「やります!」って言ったくせにステージに立って頭が真っ白になる。もう頭は必ず真っ白になるから、そこから修復するようにしよう、そんな風に思えて克服できた。実際いまでも真っ白になっては覚えたセリフを思い出している。

緊張すると声が震えたりする。もしかしたらひざも。

でもよく考えてみてほしい。そもそも私たちは空気の震えを使って会話している。音は波が空気を伝って振動しながら相手に届く。話すときに空気を震わせてない人はいない。

それは手話も同じ。手を大きく使ってさまざまな動きで空気を震わす。実際に手話を見たことがある人は驚いたと思う。めちゃくちゃダイナミックに動くやん。あとけっこう音もする。

手と顔がこすれる音、手と手がバチッとぶつかる男。聴者には正直ちょっとうるさい時もある。

私が「緊張すると声が震えるな」なんて思ってるのはもしかしたらどこかおかしいのかもしれない。

だって震えなければ自分の声は届かない。人前に立つ努力をしなければ、手話を人前でやる勇気をもたなければ。自分の声はないものと同じになってしまう。

話すことは震わすことなんだ。どれだけ不恰好だっていい。自分で、自分なりのやり方で、空気を震わせてみたいと大学時代を思い出して、いまさらそんな風に思った。

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