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ひとつのサスペンス~配信篇~

「今日も配信ありがとね~。月末でね、みんな忙しいと思うけどね。
    焦らず、無理せず、ゆるふぁいだよ~」
 私は天井に向かって、つぶやいた。
 正確には、間に金属と液晶のコラボレーション、俗にいうスマートフォンを挟んでいる。
 スマートフォンを持っている手をおろし、体の横に置いた。
 私はちょっとした配信者だ。昼間は手作りパンの移動販売を行っており、休憩時間や移動販売の無い朝の時間帯に配信をしている。
 Vtuberや弾き語りなど、配信には様々な形態があるが
 私は、顔を出さず、音声だけの配信を行う、いわゆる“ラジオ配信者”だ。
スマートフォンと時間と気持ちの余裕があれば配信できるのが良い点だ。
配信を聴いてくれるリスナーさんとの雑談をして、今日も癒されていた。
 普段は座って配信しているが、今日はあまりにリラックスしていたので
ロフトベッドで寝転がりながら、配信した。このベッドの配置が少し特殊で
 ちょうど頭の上にエアコンが設置してある。
 夏場は気を付けないと、かなり体を冷やしてしまう。
 しかし、この冷えピタ感がたまらない。
 私の親友にもこのロフトベッドは好評で、泊りに来た際には、必ずここで寝ている。
 さて、そろそろ晩御飯にしますか。実は、晩御飯用に新しい総菜パンを
焼きあげている。
 食べるのが楽しみだ。私はそっと起き上がろうとした。
ギクッ
 漫画みたいな音が聞こえた気がした。多分、私の腰あたりから。
 もうお分かりだろう。私はぎっくり腰持ちである。
 まずい、動けない。それがなんとなく分かった。
 しかし、諦めてはダメだ。このままでは、推しの配信を万全の態勢で聞けないではないか。
 そう、私にも推しがいる。私の推しは、顔出しで配信するタイプである。
 だから、こんな状態では推しの配信を拝見できない。
 私はとりあえず、左腕を動かした。そーっと動かせば、大丈夫そうだ。
 その左手であたりを探る。
 すると手に、何かプラスチック状のものが当たった。
 これは・・・壊れかけの目覚まし時計だ。
 長年お世話になっていたが、つい先日から度を越えた爆音で鳴るようになったので、最近は使用を控えて、スマホのアラームの力を借りている。
 この目覚まし時計をロフトの下に落とし、爆音が響けば、1階に住んでいる私の親友が助けに来てくれるのではないか。そう思った。
 私は力を振り絞り、壊れかけの目覚まし時計をロフトの外へ、外へと
 押しやった。
 するっと、落下していく目覚まし時計。やった!!!!
 しかし、鳴らない。それどころか落下音すらしない。
 なぜだ・・・。
 そして、思い出す。私はロフトの下に、人をダメにするクッションを
置いていた。
 いや・・・チャンスまでダメにすることないでしょう(´;ω;`)と私は
嘆いた。
 さて、どうする・・・私は考えた。とりあえず、ここから自力で動くのは難しそうだ。
 左手でできることはもうないだろう。次は右手。右手できるのは・・・
 スマホ操作。
 電話をかけるか・・・いや、さすがにリスクが高すぎる。この画面が見えない状況では番号も上手く打てないだろうし、電話帳や履歴からかけるにしても、誰にかかるか不確定だ。職場の口うるさい上司にかかったら最悪である。電話はやめよう。

それなら・・・どうする?

そうだ、配信がある。実は私の親友も配信者だ。
ちょうどこの時間は、雑談配信をしている時間だ。更に、私の記憶が正しければ
私がお気に入りに登録している配信者の中でこの時間に配信しているのは
彼女くらいだ。そして、配信ならたとえ間違った配信に入ったとしても
そこまでリスクはない。ちゃんと謝れば済む話だ。
親友の配信に入り、コメントで事情を説明する。そうすれば、私をそっと起こして
推しの配信画面を見せてくれるはずだ。
私は、スマホの画面から配信アプリ“スピーク”を探した。何千回も押している場所なので
すぐわかる。きっとここだ、という場所をタッチする。
何千回と聴いた、アプリの起動音が鳴る。よし、ここまでは順調だ。
続いて私は、配信中の番組の欄を、自分の記憶と感覚を頼りに探す。
・・・多分、ここだ。
そっとタッチする。
“お、あずさじゃーん。こんばんはー、風谷でーす”
よし、間違いなく親友の声だ。
続いて、コメントを打ち込む。
“えっと・・・「たしけたーーー」?どしたどした(笑)パン焼けた?(笑)”
たすけてって打ったつもりなのに・・・・
もう一度、チャレンジ。
“・・・ん?「たそがし」?なに、黄昏てんの・・・・(笑)”
ダメだ・・・絶望だ・・・。どうすりゃいいんだ、私は・・・。
“あ、ダンケルクさん、5スピークありがとう♪そのスピーク、ご飯代にするね♪”
そうだ・・・スピーク(投げ銭)を投げればいい!
『あんた、すぐ近くなんだからスピークじゃなくて現金渡しなよ笑 っていうか、あんたのパンがいいわ』と彼女はよく言っている。私もその通りだと思う。
つまり、そんな状況で私がスピークを投げれば、彼女は異変に気付いてくれるのではないか。
数はそうだな・・・少し多めがいいだろう。うん、100スピーク(円換算=500円分)にしよう。私はそっと指を動かした。
“うんうん、楽しいよね、季節外れの水泳って・・・って、え!?パン大好きっこさん!???”
よし!気づいてくれた!!!!
“10000スピーク!!!!!!!?”

“何があった!!!!?ごめんなさい、配信閉じますね!!!”
え・・・え・・・・え?あ・・・ま、まあ、いっか・・・。・・・いっかな?
お、推しのためだもん・・・。
ガチャ
扉が開く音がした。
「なにがあったの!!!ああ!まやちゃん!!!!大丈夫」
「だ、大丈夫・・・とりあえず・・・」
私は天井に向かって、叫んだ。
「推しの配信を私に見せてーーーーー!」

終わり

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