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屍人荘の殺人

あらすじ(文庫本の裏表紙から)

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は,曰くつきの映研の夏合宿に参加するため,同じ大学の探偵少女,剣崎比留子ペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ,一同は籠城を余儀なくされた。緊張と混乱の夜が明け,部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった!奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!

ネタバレなし紹介

 鮎川哲也賞を受賞し,2018年の賞を総なめ。映画化までされた,2018年のミステリ界最大のヒット作。クローズドサークルモノで,ここまで一般受けした作品も珍しい。紫湛荘という館が,「想像だにしなかった事態」に見舞われる。極限状況で行われる連続殺人。二人の探偵と一人のワトソン役が登場するが,ミステリ好きの予想を裏切る展開を見せる。それでいて解決のロジックはシンプルで分かりやすい。個人的にはもうひとひねり欲しかった。評判が高すぎるため,どうしても読む前のハードルが上がってしまうが,よくできたミステリだと思う(75/100)。

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 鮎川哲也賞の受賞作。しかし,それだけにとどまらず,「このミステリーがすごい!2018年度版」「週刊文春ミステリーベスト10」「2018 本格ミステリ・ベスト10」において第1位を獲得し、更に第18回本格ミステリ大賞を受賞。その年で一番ヒットしたミステリではなく,普段,ミステリにあまり興味がない人まで巻き込んだブームのような雰囲気になり,映画化までされた。ミステリマニア向けのクローズドサークルモノでここまでのヒット作になるとは意外で,一体どのような作品なのか,疑問に思っていた。実際に読んでみた感想は…。

 なるほど。これはクローズドサークルモノでありながら,一般受けしそうな派手さがある。

 出版社側の意向でもあるらしいが,この作品では「密室を構成する要素」であり,「トリックにもかかわる重要な要素」である「ゾンビの大群に館が囲まれる。」という点が隠されている。このゾンビの存在が派手。映画化にも耐えそうなビジュアルを想像させるし,単なるクローズドサークルモノの地味さをカバーしている。


 作者は,「ミステリを好きな人がどういう作品を読みたいのか。」ということをしっかり考えてこの作品を書いているように思われる。その一つの要素が名探偵の共演。神紅大学のミステリ愛好会の会長という位置付けで,まず,名探偵として「明智恭介」を登場する。そして,そのワトソン役として主人公「葉村譲」が登場するが,それだけに留まらず,もう一人の名探偵としてヒロインの「剣崎比留子」が登場する。

 もっとも,そのうち一人の明智恭介は作品の途中で退場。なんとゾンビになって主人公達を襲う。この「ミステリ慣れした読者の予想の斜め上を行く展開」のサプライズも素直に評価する。


 作品の舞台は映画研究会が合宿を行う紫湛荘が舞台。いけすかない映画研究会のOBが登場する。序盤はミステリ研究会の前年の合宿で何かが起こったことを匂わせながら登場人物の紹介がされる。

 しかし,100ページを過ぎた辺りで展開が一気に進む。近くのロックフェスタで行われたテロにより,ロックフェスタの観客がゾンビ化する。そして,ゾンビ化した群衆に襲われ,明智恭介を含む数人の登場人物があっさり退場。館はゾンビに囲まれクローズドサークルと化す。そのような極限状態で新藤がゾンビに襲われたような状態で死亡する。一体どのようにしてゾンビが室内に入り,出て行ったのか?殺人なのか?


 続いて,映画研究会OBの立浪の死体が発見される。殺害現場には,「あと一人。必ず喰いに行く。」というメッセージが残されている。その後,三階のバリケードがゾンビに破られる…という極限状態で七宮の死体が発見される。このよう状態で剣崎は犯人を突き止める。


 ミステリとしての連続殺人の謎解き。新藤を殺害したのはゾンビ化した星川。犯人は,「偽のメッセージ」を残すことで館内に犯人がいるように偽装。立浪殺しはエレベーターを利用した殺害。銅像を乗せてゾンビが乗っている状態ではエレベーターが上がらないようにしてゾンビに噛まれた立浪の死体だけを回収する。

 ワトソン役の葉村が,妹からのプレゼントの時計を取り戻すためについた嘘も見抜いた上で,剣崎は犯人が静原だと見抜く。最後の七宮殺しはゾンビの血を利用した毒殺。静原が3人を殺害した動機は,立浪にふられて自殺した先輩の復讐。静原は立浪を2回殺すためにわざわざゾンビにした立浪の死体を回収していた。


 静原はゾンビになって死亡。登場人物のその後が描かれたエピローグがあり,剣崎がミステリ愛好会に入った描写があって物語は終わる。


 非常によくできたミステリである。ゾンビに囲まれた極限状況という設定をトリックに取り込むという設定が秀逸。それだけだと単なるミステリマニア向けの作品止まりになりそうだが,魅力的なキャラクターと凝り過ぎないシンプルな描写で一般的な大ヒット作に結び付けたといえる。


 その分,ミステリマニアとしてはやや物足りなく感じる部分はある。真犯人が静原という女性である点は論理的には十分納得できるし,意外性もそれなりにある。しかし意外性はそれなり程度。葉村にあえて嘘をつかせるという部分で叙述トリックを入れ込み,ミステリマニアにまさか葉村が犯人なのではという深読みをさせるが,それは空振り。シンプルに仕上げたことが一般受けにつながったんだと思う。シリーズ化もできるし。


 文体も読みやすく,最後まで読ませる展開は見事。非常によくできたミステリで完成度は高い。意外性がそこそこ止まりである点とあまりに評判になり過ぎて読み前のハードルが上がり過ぎるのが難点か。★4で。

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