見出し画像

【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈14〉男と女(最終話)

ツインテールとドッペルゲンガー

概要・目次

 この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。

〈14〉男と女

 ドッペルゲンガーは自殺した。死体の少女に口づけをして。

 俺と、俺の側にいる彼女は、しばらく動くことも話すこともできなかった。どちらも闇に押しつぶされたみたいに黙り込み、歩道で折り重なった二つの死体を眺めていた。

 俺はしばらくして、やっと口を開いた。
「好きだったのか?あの子のこと?」
唇も舌も乾いて貼り付いてしまって、うまく声が出なかった。彼女もかすれた声でつぶやいた。
「わからない……」

 聞く必要のないことだと思った。

 ドッペルゲンガーがあの子を殺した理由。それを俺は勘違いしていた。俺はずっと、約束を破られた腹いせに、あの子を殺したと思っていた。彼氏を作らないという秘密の約束。その誓いを裏切られ、カッとなって殺したのだと。

 しかし、真実はそうではなかった。

 好きだったんだ、あの子のことが。

 彼女はずっと前から、心のどこかで、少女同士、友人同士という関係を越えて、あの子のことを本当に愛してしまっていたのだ。

 だから、あの子に彼氏ができたのは、彼女にとって失恋だった。その敗れた恋心はドッペルゲンガーとなって心の中から飛び出し、思いあまってあの子を殺した。男なんかにけがされる前に。
 そして奴は、愛した少女と共に旅立つため、自らも死を選んだ。清らかな処女のまま、二人にとって、最初で最後の口づけをして……

「純粋すぎるだろ……」

 涙が出てきた。

 奴は純粋だった。ただひたすら、あの子のことが好きだった。いつか結ばれることを夢見て、純潔の誓いを立て、他のどの男でもなく、自分を選んでくれることを待ち望んでいたのだ。
 その願いは叶わなかった。片想いで終わってしまった。そのうえ奴は、あの子を殺してさえいる。
 しかし、たとえその行動が悪であるとしても、奴が純粋だったことに変わりはない。どこまでも一途いちずに、自分の掲げた愛を貫いた。そう。奴は殺人に手を染めてでも、汚らわしき男の手から、「一生、処女でいよう」と約束した、二人の誓いを守り抜いたのだ。

 純愛。

 その二文字が俺の頭に浮かぶ。

 ドッペルゲンガーは、少女同士の結ばれるはずのない愛にじゅんじたのである。

 善悪など抜きにして、ドッペルゲンガーの純粋さに、俺は涙した。そして、俺の頭には、それとは比べようもないほど醜い、これまでの自身の行動がよみがえった。

 少女への欲情。そして凌辱。泣き叫ぶ彼女を尋問したあの時の俺は、己の残酷さに興奮さえしていた。
 しかも、この俺という汚らわしい男は、凌辱したその少女に取り入るべく、彼女の動揺する心につけ込んだ。うたかたの愛の言葉をささやき、そして、自らの愛の証として、ドッペルゲンガーを殺そうとしたのだ。
 彼女の命が危険にさらされていると知った時、俺は幸運だとすら思った。これで凌辱に対する罪滅ぼしができる。そして、上手くいけば、彼女を永久に我が物とすることができるのだと。

「悪魔はどっちだよ……」

 俺は死のうと思った。何の躊躇ためらいもなく、そう思った。それは罪滅ぼしではない。こんな汚い男が生きていることが、俺自身、許せなかった。
 ドッペルゲンガーが純愛に生き、叶わぬ愛に自ら幕を引いたのなら、欲情に生きた俺は、凌辱の罪を死をもってつぐなわねばなるまい。

 判決は下された。

 死のう。

 俺はふらふらと歩道へ向かって歩きだした。二人の少女の聖域を、俺の血で汚すつもりはない。ナイフだけ拝借し、俺はどこか別の場所で死ぬのだ。

 俺は薮をまたごうと、側に立つ木の枝に手をかけた。しかし、その時、地をうような低い声が、俺の背中に突き刺さった。

「どこへいくの?」

 その声に、俺の足は固まった。ギクッとして振り向くと、彼女は今も変わらず地面に突き伏し、顔を枯葉と土にうずめていた。俺にはその表情が見えなかった。

 彼女が俺に尋ねた。
「死んだの?ドッペルゲンガー」
俺は、そっけなく答えた。
「ああ、死んだよ」
 すると、彼女は身動き一つせず、心底しんそこ穏やかな声でこう言った。

「そう。良かった」

 俺は、その一言ひとことに、今日いちばんゾッとした。

 俺は彼女を眺めた。

 引き締まった脚。猫のような瞳。紅く突きだした唇。俺の凌辱に衣服ははだけ、なめらかな肌があらわになっている。
 不倶戴天ふぐたいてんの宿敵が死んで安心したのか、その口は穏やかに、森の冷たい空気を吸っていた。少なくとも、自分の片割れであるドッペルゲンガーへ、同情したり共感したりする気持ちは、微塵みじんも無いようだった。俺にはそれが、とても残酷に思えた。
 だが、考えてみれば、それも当然かもしれない。分かりあえないからこそ、二人は分裂したのだから……

 俺はもう、彼女のことを可哀想かわいそうだと思わなかった。無垢むくだとも思わなかった。何か得体えたいの知れない、一匹の獣のようにさえ思えた。
 それに、先程、死にに行く俺を引き留めた彼女の声。耳の奥で、あの一言ひとことが何度でもよみがえる。
「どこへいくの?」
 俺はあの時、背中にくさりのついたくいを打ち込まれた気がした。

 永遠の束縛。

 俺は彼女のあの声に、もうどこにも逃げ場はないのだと悟った。それは、俺の凌辱の罪を、彼女がどこかへ訴え出るとか、そういう話ではない。
 女が男を自分の元へ繋ぎ止めようとする、永遠不変の欲望。男の凌辱とついを成す、女による男への乱暴。あの時の彼女もまた、俺を我が物とするべく、切れることのない束縛の鎖を俺の背に打ち込んだのだ。

 俺は思った。この女という生き物は、いったい何なのだろう?

 男の性欲を抑圧するかと思えば、しかし、一方でそれを挑発し、欲情を誘う。俺から逃げ惑うのかと思えば、今度は俺を逃がさない。純潔を捧げた途端とたん、その行為に高値をつけ、それを奪った男をからめとる。

 汚らわしい。

 この森は、俺が彼女を捕らえた監獄ではない。俺が彼女に捕らえられた監獄だったのだ。

 俺は死ぬことを諦めて、彼女の側に座った。俺は生きなければならない。この汚れた体で、この汚れた女と、この汚れた世界を……

 泣きたくなった俺は、すべての感情を有耶無耶うやむやにしたくて、うずくまる彼女を抱きあげ、座ったまま、その体を正面から抱き締めた。
 そして、もはや別にそんなことしたくもないのに、彼女の服の下に腕を突っ込み、左右の乳房を、俺の手がその形を変えてしまうくらい、めちゃくちゃにで回した。
 それから、先程、しそこねたキスをした。彼女はもう嫌がらなかった。ねっとりと甘い吐息を、俺の舌にからめた。俺は、それをとても怖いと思った。

 息苦しくなって、すこし顔を離した。二人は夜の闇の中で、じっと見つめ合った。彼女の猫のように勝ち気な瞳は、静まり返った闇の中で、爛々らんらんと輝いている。
 それは勝者の目だった。この世に勝ち残り、あらゆる快楽をむさぼる資格を得た、獣のような目だった。
「そうか。純情を受け持ったのは、こいつじゃなくてドッペルゲンガーの方だったな」
 純愛に生きる無垢な処女は死んだ。残されたのは、男を受け入れ、からめとり、愛欲をむさぼる一匹の獣なのだ。

 俺は恐ろしくなって、力任せに彼女の紫のウェアを引きちぎった。固く閉じていたジッパーが、バリバリと音を立て、端から壊れていく。その下から、乱れた下着と、まだらに赤くれた乳房が、そのみだらな本性を現した。

 そして俺は、彼女の体をできる限り乱暴に抱き寄せた。彼女が口先で、「あっ」と声を上げた。
「何を驚いているんだ?」
「だって……」
「うるさい。殺されるのとおかされるの、どちらがいい」
「……どっちでもいい」

 反射的に、俺は彼女の右の頬を引っ叩いた。パンッという乾いた音が夜の森に響いた。

 可愛かった。可愛すぎたのだ。

 それは、彼女に捕らわれてしまう寸前の、俺の最後の抵抗だった。しかし、彼女は口先を不服そうにとがらせながらも、血の気の巡った熱っぽい微笑を浮かべ、俺に体を寄せて来た。

 俺は「終わった」と思った。そして、観念して、服を脱いだ。

 それから、いとも簡単に、二人の体は一つになった。あっけなかった。と言うか、そういう風にできていた。

 女の挑発、男の欲情。男の凌辱、女の束縛。

 美しいまでにぴたりと噛み合った、愛欲の歯車。まさに俺たちの下半身で一体化している二種類の性器のように、それぞれの形は違えど、男と女に備わったたがいの欲望が隙間なく組み合って、俺たちをここまで導いてきたのだ。

 やがて、彼女が甘い声を漏らしはじめた。俺は彼女の唇を、もういちど自分の唇でふさいだ。声は激しい吐息に変わり、俺の口の中をじかしびれさせた。二人の口は溶け合って、もはや境界など分からなくなっていく。

「もう、おれこいつは、永久に剥がれることはないのだな」

 俺はそう体で悟った。

 ふと、俺は遠くを眺めた。彼女の汗ばむ肩越しに、暗い歩道が見えた。

 冷たい半月の光に、今も二つの死体は照らされている。折り重なった二人の少女。けがれなきままこの世を去った、永遠の乙女。
 俺はその光景を、とても遠くに感じた。距離ではなく時間が、果てしなく遠くに感じられた。それは、もう戻ることのできない遥か過去のような、あるいは、熱に浮かされて見た一夜の夢のような、そんな淡い光景だった。

 だが、その時、俺の耳元で声がした。

「どうしたの?」

 彼女の声に、俺の幻は打ち消された。どうやら、彼女は俺の一時いっときの放心を見抜き、それをとがめたらしい。俺はびる代わりに、再び彼女を強く抱き締めた。

「なんでもないよ」

 やがて、俺の体の奥で、沸々ふつふつと煮えたぎる何かが込み上げてきた。それは、彼女を初めて見た時から蓄えられてきた、欲望の源泉。湧き上がる俺の命。
 どうやらもう、それを抑えることはできそうもない。噛み合って回りはじめた二人の歯車は、もっともっと先へ、俺たちを導いているのだ。

 俺は言った。いや、自然と言葉が漏れた。

「愛してる」

 それは、世界一けがらわしい言葉だった。男と女が犯してきた、あらゆる罪も欲も何もかも覆い隠してしまえる、とても便利な言葉だった。

 俺は、はずむ彼女の体をグッとこちらへ引き寄せた。彼女も全てを予感して、ぴたりと俺の胸に抱かれた。いつほどけたのか、土と汗にまみれた彼女の黒髪が、俺の体にまとわりついた。
 俺は、髪もろとも彼女の背を強く抱くと、じっとその時を待つ彼女を激しく突き上げた。そして、一滴いってき残らずしぼるつもりで、彼女の燃え盛る体内へドクドクと、俺のあふれるなみだを注いだ。
 「さよなら」と、月明かりにかすむ処女たちへ無言で告げながら……

 夜の森は、時が止まったように静まり返った。

 風が吹いた。

 二人は肌を寄せ合った。

 半月はまた、雲に隠れた。

解説

Forever 19 summer vacation !