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【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈14〉男と女(最終話)
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈14〉男と女
ドッペルゲンガーは自殺した。死体の少女に口づけをして。
俺と、俺の側にいる彼女は、しばらく動くことも話すこともできなかった。どちらも闇に押し潰されたみたいに黙り込み、歩道で折り重なった二つの死体を眺めていた。
俺はしばらくして、やっと口を開いた。
「好きだったのか?あの子のこと?」
唇も舌も乾いて貼り付いてしまって、うまく声が出なかった。彼女もかすれた声で呟いた。
「わからない……」
聞く必要のないことだと思った。
ドッペルゲンガーがあの子を殺した理由。それを俺は勘違いしていた。俺はずっと、約束を破られた腹いせに、あの子を殺したと思っていた。彼氏を作らないという秘密の約束。その誓いを裏切られ、カッとなって殺したのだと。
しかし、真実はそうではなかった。
好きだったんだ、あの子のことが。
彼女はずっと前から、心のどこかで、少女同士、友人同士という関係を越えて、あの子のことを本当に愛してしまっていたのだ。
だから、あの子に彼氏ができたのは、彼女にとって失恋だった。その敗れた恋心はドッペルゲンガーとなって心の中から飛び出し、思いあまってあの子を殺した。男なんかに汚される前に。
そして奴は、愛した少女と共に旅立つため、自らも死を選んだ。清らかな処女のまま、二人にとって、最初で最後の口づけをして……
◆
「純粋すぎるだろ……」
涙が出てきた。
奴は純粋だった。ただひたすら、あの子のことが好きだった。いつか結ばれることを夢見て、純潔の誓いを立て、他のどの男でもなく、自分を選んでくれることを待ち望んでいたのだ。
その願いは叶わなかった。片想いで終わってしまった。そのうえ奴は、あの子を殺してさえいる。
しかし、たとえその行動が悪であるとしても、奴が純粋だったことに変わりはない。どこまでも一途に、自分の掲げた愛を貫いた。そう。奴は殺人に手を染めてでも、汚らわしき男の手から、「一生、処女でいよう」と約束した、二人の誓いを守り抜いたのだ。
純愛。
その二文字が俺の頭に浮かぶ。
ドッペルゲンガーは、少女同士の結ばれるはずのない愛に殉じたのである。
◆
善悪など抜きにして、ドッペルゲンガーの純粋さに、俺は涙した。そして、俺の頭には、それとは比べようもないほど醜い、これまでの自身の行動が甦った。
少女への欲情。そして凌辱。泣き叫ぶ彼女を尋問したあの時の俺は、己の残酷さに興奮さえしていた。
しかも、この俺という汚らわしい男は、凌辱したその少女に取り入るべく、彼女の動揺する心につけ込んだ。うたかたの愛の言葉を囁き、そして、自らの愛の証として、ドッペルゲンガーを殺そうとしたのだ。
彼女の命が危険に晒されていると知った時、俺は幸運だとすら思った。これで凌辱に対する罪滅ぼしができる。そして、上手くいけば、彼女を永久に我が物とすることができるのだと。
「悪魔はどっちだよ……」
俺は死のうと思った。何の躊躇いもなく、そう思った。それは罪滅ぼしではない。こんな汚い男が生きていることが、俺自身、許せなかった。
ドッペルゲンガーが純愛に生き、叶わぬ愛に自ら幕を引いたのなら、欲情に生きた俺は、凌辱の罪を死をもって償わねばなるまい。
判決は下された。
死のう。
◆
俺はふらふらと歩道へ向かって歩きだした。二人の少女の聖域を、俺の血で汚すつもりはない。ナイフだけ拝借し、俺はどこか別の場所で死ぬのだ。
俺は薮をまたごうと、側に立つ木の枝に手をかけた。しかし、その時、地を這うような低い声が、俺の背中に突き刺さった。
「どこへいくの?」
その声に、俺の足は固まった。ギクッとして振り向くと、彼女は今も変わらず地面に突き伏し、顔を枯葉と土に埋めていた。俺にはその表情が見えなかった。
彼女が俺に尋ねた。
「死んだの?ドッペルゲンガー」
俺は、そっけなく答えた。
「ああ、死んだよ」
すると、彼女は身動き一つせず、心底穏やかな声でこう言った。
「そう。良かった」
俺は、その一言に、今日いちばんゾッとした。
◆
俺は彼女を眺めた。
引き締まった脚。猫のような瞳。紅く突きだした唇。俺の凌辱に衣服ははだけ、なめらかな肌が露になっている。
不倶戴天の宿敵が死んで安心したのか、その口は穏やかに、森の冷たい空気を吸っていた。少なくとも、自分の片割れであるドッペルゲンガーへ、同情したり共感したりする気持ちは、微塵も無いようだった。俺にはそれが、とても残酷に思えた。
だが、考えてみれば、それも当然かもしれない。分かりあえないからこそ、二人は分裂したのだから……
俺はもう、彼女のことを可哀想だと思わなかった。無垢だとも思わなかった。何か得体の知れない、一匹の獣のようにさえ思えた。
それに、先程、死にに行く俺を引き留めた彼女の声。耳の奥で、あの一言が何度でも甦る。
「どこへいくの?」
俺はあの時、背中に鎖のついた杭を打ち込まれた気がした。
永遠の束縛。
俺は彼女のあの声に、もうどこにも逃げ場はないのだと悟った。それは、俺の凌辱の罪を、彼女がどこかへ訴え出るとか、そういう話ではない。
女が男を自分の元へ繋ぎ止めようとする、永遠不変の欲望。男の凌辱と対を成す、女による男への乱暴。あの時の彼女もまた、俺を我が物とするべく、切れることのない束縛の鎖を俺の背に打ち込んだのだ。
俺は思った。この女という生き物は、いったい何なのだろう?
男の性欲を抑圧するかと思えば、しかし、一方でそれを挑発し、欲情を誘う。俺から逃げ惑うのかと思えば、今度は俺を逃がさない。純潔を捧げた途端、その行為に高値をつけ、それを奪った男を絡めとる。
汚らわしい。
この森は、俺が彼女を捕らえた監獄ではない。俺が彼女に捕らえられた監獄だったのだ。
◆
俺は死ぬことを諦めて、彼女の側に座った。俺は生きなければならない。この汚れた体で、この汚れた女と、この汚れた世界を……
泣きたくなった俺は、すべての感情を有耶無耶にしたくて、うずくまる彼女を抱きあげ、座ったまま、その体を正面から抱き締めた。
そして、もはや別にそんなことしたくもないのに、彼女の服の下に腕を突っ込み、左右の乳房を、俺の手がその形を変えてしまうくらい、めちゃくちゃに撫で回した。
それから、先程、し損ねたキスをした。彼女はもう嫌がらなかった。ねっとりと甘い吐息を、俺の舌に絡めた。俺は、それをとても怖いと思った。
息苦しくなって、すこし顔を離した。二人は夜の闇の中で、じっと見つめ合った。彼女の猫のように勝ち気な瞳は、静まり返った闇の中で、爛々と輝いている。
それは勝者の目だった。この世に勝ち残り、あらゆる快楽を貪る資格を得た、獣のような目だった。
「そうか。純情を受け持ったのは、こいつじゃなくてドッペルゲンガーの方だったな」
純愛に生きる無垢な処女は死んだ。残されたのは、男を受け入れ、絡めとり、愛欲を貪る一匹の獣なのだ。
俺は恐ろしくなって、力任せに彼女の紫のウェアを引きちぎった。固く閉じていたジッパーが、バリバリと音を立て、端から壊れていく。その下から、乱れた下着と、まだらに赤く腫れた乳房が、その淫らな本性を現した。
そして俺は、彼女の体をできる限り乱暴に抱き寄せた。彼女が口先で、「あっ」と声を上げた。
「何を驚いているんだ?」
「だって……」
「うるさい。殺されるのと犯されるの、どちらがいい」
「……どっちでもいい」
反射的に、俺は彼女の右の頬を引っ叩いた。パンッという乾いた音が夜の森に響いた。
可愛かった。可愛すぎたのだ。
それは、彼女に捕らわれてしまう寸前の、俺の最後の抵抗だった。しかし、彼女は口先を不服そうに尖らせながらも、血の気の巡った熱っぽい微笑を浮かべ、俺に体を寄せて来た。
俺は「終わった」と思った。そして、観念して、服を脱いだ。
◆
それから、いとも簡単に、二人の体は一つになった。あっけなかった。と言うか、そういう風にできていた。
女の挑発、男の欲情。男の凌辱、女の束縛。
美しいまでにぴたりと噛み合った、愛欲の歯車。まさに俺たちの下半身で一体化している二種類の性器のように、それぞれの形は違えど、男と女に備わった互いの欲望が隙間なく組み合って、俺たちをここまで導いてきたのだ。
やがて、彼女が甘い声を漏らしはじめた。俺は彼女の唇を、もういちど自分の唇で塞いだ。声は激しい吐息に変わり、俺の口の中を直に痺れさせた。二人の口は溶け合って、もはや境界など分からなくなっていく。
「もう、男と女は、永久に剥がれることはないのだな」
俺はそう体で悟った。
◆
ふと、俺は遠くを眺めた。彼女の汗ばむ肩越しに、暗い歩道が見えた。
冷たい半月の光に、今も二つの死体は照らされている。折り重なった二人の少女。汚れなきままこの世を去った、永遠の乙女。
俺はその光景を、とても遠くに感じた。距離ではなく時間が、果てしなく遠くに感じられた。それは、もう戻ることのできない遥か過去のような、あるいは、熱に浮かされて見た一夜の夢のような、そんな淡い光景だった。
だが、その時、俺の耳元で声がした。
「どうしたの?」
彼女の声に、俺の幻は打ち消された。どうやら、彼女は俺の一時の放心を見抜き、それを咎めたらしい。俺は詫びる代わりに、再び彼女を強く抱き締めた。
「なんでもないよ」
やがて、俺の体の奥で、沸々と煮えたぎる何かが込み上げてきた。それは、彼女を初めて見た時から蓄えられてきた、欲望の源泉。湧き上がる俺の命。
どうやらもう、それを抑えることはできそうもない。噛み合って回りはじめた二人の歯車は、もっともっと先へ、俺たちを導いているのだ。
俺は言った。いや、自然と言葉が漏れた。
「愛してる」
それは、世界一汚らわしい言葉だった。男と女が犯してきた、あらゆる罪も欲も何もかも覆い隠してしまえる、とても便利な言葉だった。
俺は、弾む彼女の体をグッとこちらへ引き寄せた。彼女も全てを予感して、ぴたりと俺の胸に抱かれた。いつほどけたのか、土と汗にまみれた彼女の黒髪が、俺の体にまとわりついた。
俺は、髪もろとも彼女の背を強く抱くと、じっとその時を待つ彼女を激しく突き上げた。そして、一滴残らず振り絞るつもりで、彼女の燃え盛る体内へドクドクと、俺の溢れる涙を注いだ。
「さよなら」と、月明かりに霞む処女たちへ無言で告げながら……
夜の森は、時が止まったように静まり返った。
風が吹いた。
二人は肌を寄せ合った。
半月はまた、雲に隠れた。
終
→解説
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