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【表現辞典】霊石典/名作家の文章〈6〉田山録弥『不思議な鳥』(全文無料)

霊石典

〈おしらせ・索引〉

 この記事は、私が編集している『霊石典』の派生記事です。名作家の作品の中から、『霊石典』収録の言葉が使われた印象的な文章を紹介します。言葉に興味を持つきっかけとして、あるいは、言葉をさらに深く理解する参考として、ぜひ本編の記事とあわせてお読みください。

田山録弥(田山花袋)『不思議な鳥』(青空文庫)

 野はまた春になつて来た。青い草の萌える、満ちた川水の流れる、霞の被衣ひいのやうにほのかに靡く春に――。桃の花の白いのが、春の日影の中にくつきりと出てゐるさまは何とも言はれなかつた。書斎の前の海棠の花からは、終日長く蜂のぶんぶんうなつてゐるのがきこえて来た。

 春の野に漂う、とろみのある空気感が文章から溢れています。かすみが「ほのかに靡く」と描かれていますが、この表現からはゆるやかな風が感じられ、まったりと肌を撫でるようです。
 私は最初、「ほのかに靡く春」の部分だけをみて、「春が靡く」のだと、読み間違いをしてしまいました。実際には、靡くのは「霞」でしたが、「春が靡く」という表現も斬新で面白いです。「春が靡く丘」「野原に靡く春」というと、少々文学的で気取っているようですが、幻想的な風景が思い浮かび、それはそれで良い表現だと思いました。案外、勘違いから新しい表現は生まれるものかもしれません。

 この記事では、[なびく(靡く)]が使われた文章を紹介しました。

 ぜひ、本編の記事もお読みください。


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