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【読書習慣】いっしょに名作小説〈第一作〉芥川龍之介『舞踏会』②

 こちらの記事では、「読む・学ぶ・話す」の繰り返しで、名作小説の読書と読解を習慣にすることを目指しています。

〈目的・方針〉
○不朽の名作を読む習慣を身につけます。
○数分で読める量に分割するので、無理なく続けられます。
○読みやすさを重視して、一部表記を改めます。
○入門者に向けて、作品の理解をサポートするための読書メモがあります。
○わからない所があれば、気軽に質問してください。また、メンバーシップ加入者は当該テーブルがありますので、そちらにご参加ください。

 ここから先に、今日読んでいただく本文を掲載します。引用部分は読書メモです。参考にしてください。

 名作なので、じっくり読んで損はありません。ただ、意味が分からないところがあったら、無理せず先に読み進めてください。

芥川龍之介『舞踏会』

○(前回までのあらすじ)初めての舞踏会に参加した明子は、念願の社交界デビューを果たし、その際立った美しさを周りからも認められます。その明子に初めてのダンスを申し込んだのは、若いフランスの海軍将校でした。

芥川龍之介『舞踏会』②

 間もなく明子は、その仏蘭西フランスの海軍将校と、「美しく青きダニウブ(ドナウ)」のヴアルス(ワルツ)を踊つていた。相手の将校は、頬の日に焼けた、眼鼻めはな立ちのあざやかな、濃い口髭くちひげのある男であつた。彼女はその相手の軍服の左の肩に、長い手袋をめた手を預くべく、余りに背が低かつた。が、場馴れている海軍将校は、たくみに彼女をあしらつて、軽々と群集の中を舞い歩いた。そうして時々彼女の耳に、愛想のい仏蘭西語の御世辞おせじさえも囁いた。

○背の高い異国の男性とのダンスです。海軍将校が明子を優しくエスコートしています。

 彼女はその優しい言葉に、恥しそうな微笑をむくいながら(=返しながら)、時々彼等が踊つている舞踏室の周囲へ眼を投げた。皇室の御紋章を染め抜いた紫縮緬ちりめん(=絹織物の一種)の幔幕まんまくや、爪を張つた蒼竜そうりゅうが身をうねらせている支那しなの国旗の下には、花瓶かびん々々の菊の花が、あるいは軽快な銀色を、あるいは陰欝な金色を、人波の間にちらつかせていた。しかもその人波は、三鞭酒(シャンパン)のように湧き立つて来る、花々しい独逸ドイツ管絃楽の旋律の風にあおられて、しばらくも目まぐるしい動揺を止めなかつた。明子はやはり踊つている友達の一人と眼を合わすと、たがいに愉快そうなうなづきを忙しい中に送り合つた。が、その瞬間には、もう違つた踊り手が、まるで大きなが狂うように、どこからかそこへ現れていた。

○ダンスをする明子の視線をとおして、舞踏会の様子を描写しています。明子が動いているので、目まぐるしく映像が切り替わっています。けばけばしい色彩もあいまって、読んでいて疲れを感じるほどです。

 しかし明子はその間にも、相手の仏蘭西の海軍将校の眼が、彼女の一挙一動に注意しているのを知つていた。それは全くこの日本に慣れない外国人が、いかに彼女の快活な舞踏ぶりに、興味があつたかを語るものであつた。こんな美しい令嬢も、やはり紙と竹との家の中に、人形のごとく住んでいるのであろうか。そうして細い金属の箸で、青い花の描いてある手のひら程の茶碗から、米粒をはさんで食べているのであろうか。――彼の眼の中にはこうう疑問が、何度も人懐しい微笑と共に往来するようであつた。明子にはそれが可笑おかしくもあれば、同時にまた誇らしくもあつた。だから彼女の華奢な薔薇色の踊り靴は、物珍しそうな相手の視線が折々おりおり足もとへ落ちる度に、いっそう身軽くなめらかな床の上をすべつて行くのであつた。

○将校の視線を感じるにつれ、明子はだんだんと自らの美しさを誇る余裕が出てきています。その誇りが足元に宿り、彼女の靴に軽快なステップを踏ませています。

 が、やがて相手の将校は、この児猫こねこのような令嬢の疲れたらしいのに気がついたと見えて、いたわるように顔を覗きこみながら、
「もつと続けて踊りましょうか。」
ノン・メルシイ(いいえ、けっこうです)。」
 明子は息をはずませながら、今度は、はつきりとこう答えた。
 するとその仏蘭西の海軍将校は、まだヴアルス(ワルツ)の歩みを続けながら、前後左右に動いているレエスや花の波を縫つて、壁側の花瓶の菊の方へ、悠々と彼女を連れて行つた。そうして最後の一廻転いっかいてんの後、そこにあつた椅子の上へ、あざやかに彼女を掛けさせると、自分はいったん軍服の胸を張つて、それからまた前のようにうやうやしく日本風の会釈えしゃくをした。

○二人のダンスはここでおしまいです。

おわりに

 本日の読書はここまでです。

 明子の社交界デビューは、フランスの青年将校に見初められるという、夢のような幕開けとなりました。それは恋のはじまりを予感させるに余りある、甘く幻想的なひとときです。

 感想や質問があれば、ぜひコメントしてください。また、メンバーシップでこの作品について話しています。気軽にご参加ください。

 次回もよろしくお願いします。

つづく

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