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【創作童話】三つの謎

三つの謎

 むかし、ある国の王様が自分の娘に賢い婿を選びたいと思い、城の前にこんな御触れを出しました。

「王の三つの謎に全て答えられた者を姫の婿とする」

 この御触れを見て、国中から知恵自慢の若者が城に押しかけました。みんな姫の婿になりたかったのです。門の外で一列に並んだ若者たちは、一人ずつ玉座の間に通されました。王も姫も盛装して彼らを迎えたのは、姫をめとるべき才気ある若者に失礼が無いようにするためでした。王は次々にやって来る若者に謎を出し続けました。しかし、誰一人として、そして一問たりとも王の謎に答えることができません。二人は幻滅し、やがて疲れ果ててしまいました。王の一つ目の謎とは次のようなものでした。

「海にはいくつの雫があるか」

 城門の前から、ひとり又ひとりと若者が消えていき、やがて最後の一人が夢破れて去ったころ、もう城は夕闇に包まれていました。衛兵が城の門を閉めようとしたとき、みすぼらしい格好をした一人の若者が、城の前を通りがかりました。擦り切れた布を身に纏い、旅の途中なのか、頭も体も埃まみれです。そんな薄汚れた若者でしたが、ただ一つ、右手の小指に銀の指輪をはめており、それだけは、小さくとも冴えた輝きを放っていました。

 若者は御触れを物珍しそうに読んでいましたが、さしてその内容に興味が湧かなかったのか、くるりと向きを変え、そこから立ち去ろうとしました。衛兵が慌てて声をかけます。

「王様がお待ちである。早く城の中へ入れ」

 若者は再び向きを変えると、本当は早く帰りたかったのでしょうが、言われるがままに、のろのろと城の中へ入って行きました。

 玉座の間では、くたびれた王と姫が沈み込むように椅子に座っていました。そこへ、あのみすぼらしい若者がのこのこと入って来ました。王は目だけちょっと上げて若者の方を見ると、朝から何百回も言い続けた台詞を繰り返しました。

「わしの謎に答えられたら、姫の婿になってもらおう」

 はじめは威厳たっぷりに発していたこの言葉も、今やまるで生気が宿っていません。王は言い終えて、どっと疲れが増したように感じました。しかし、同じく何百回も口にした一つ目の謎を、若者に投げかけなければなりませんでした。

「海にはいくつの雫があるか」

 若者は謎を出されても、ずっと何も考えていないような顔をしていました。しかし突然、表情を変えることもなく、ぼそりと呟きました。

「ひとつです」

 その答えを聞いて、王の体が椅子から跳ね上がりました。王はまじまじと若者を見つめ、その理由を聞きました。若者は淡々と答えます。

「雫というのは、ひとかたまりの水のことです。海の水は全て繋がっていますから、どんなに量が多くとも、やはりひと雫です」

 王は目を輝かせていました。やっと、一つ目の謎を突破した者が現れたのです。しかし、王はひとつ咳ばらいをすると、いつもの威厳を取り戻し、他の誰にも言わなかった二つ目の謎を若者に出しました。

「空にはいくつの星があるか」

 若者はまた考えているのかいないのか分からない顔をしていましたが、やはり表情を変えずに言いました。

「ひとつもありません。星は空よりずっと遠くにあるものです」

 王は身震いがしました。姫もこの若者に、今までにないほど注目しています。遂に、王は若者へ最後の謎を出すこととなりました。王は厳かに言い放ちます。

「永遠とは、どれだけの長さの時間のことか」

 これには若者も明らかに困った顔を見せました。そして、ずいぶん長いこと、うんうん唸って考えていました。王も姫もその姿を固唾を呑んで見守っていましたが、やがて、若者は悩みながらも、静かに言葉を搾り出しました。

「それは、どうでもいいのではないでしょうか」

 王は面喰らい、少しがっかりしました。若者は答えを出すことを諦め、苦し紛れに、謎を解くこと自体を否定したのでしょうか。今までの賢い若者らしくありません。しかし、どうやら言葉の真意はそうではないようです。若者は何を思ったか、おもむろに自分の腰に巻いていた紐をほどき始めました。若者が裸になると思った姫は、「きゃっ」と言って、慌てて顔を覆いました。しかし、若者は服を脱がず、ほどいた一本の紐を王の眼前へ差し出しました。そして、その細長い紐の両端を左右の手で持ち、ゆっくりと話し始めました。

「ここに一本の紐があります。これを時間だとお考えください。この紐には端と端があります。一方の端から出発して反対の方向へ進んでいくと、いずれ、もう一方の端に到達します。そこで終わりです。たとえ、この紐が大地と太陽を結ぶほど長くても、この形をしている限り、いずれは端へ辿り着きます。いつか終わりを迎えるものを永遠とは呼べません。では、こうするとどうでしょうか」

 若者は紐の両端を結び、ひとつの輪を作りました。

「輪には始まりも終わりもありません。この形なら、終わりへ辿り着くことなく、いつまでも進み続けることができます。これが永遠です。永遠か否かは形が決めるのです。長さは関係ありません。ですから、永遠とはどれだけの長さかと聞かれたら、それはどうでもいいと答えるのが正解です。百億年でも一秒でも、輪の形をしていれば永遠です」

 王は椅子を蹴飛ばして立ち上がりました。あの疲れきった顔が今やはち切れんばかりに紅潮し、若者に拍手喝采を浴びせています。

「あなたは世界一の賢人だ。どうか姫の婿になって下さい」

 若者はうんともすんとも言わずに腰に紐を巻き直していましたが、今度は姫が口を挟みました。

「お父様、お待ちくだされ。確かにこの者は優れた知性の持ち主かもしれませぬ。ですが、わらわはまだこの男を好きになったわけではございませぬぞ。それに、正式な求婚を受けておりませぬ。これ、そちよ。わらわをその気にさせるようなロマンチックな求婚をせぬか。お父様ばかりでなく、わらわも喜ばせてみよ」

 若者は戸惑っていましたが、やがて、好んでか好まざるか姫の側に歩み寄ると、姫の足元にひざまずいて言いました。

「三つ目の謎にはもうひとつ答えがあります。永遠とはどれだけの長さかというと、それは、私があなたを愛するのと同じ長さです。なぜならば、私があなたを愛さなくなる時など、未来永劫、訪れないからです」

 そう言って、若者は永遠の形そっくりの指輪を自分の手から抜き取ると、姫の白い指に優しくはめなおしました。

「この指輪のように、永遠にあなたを愛することを誓います」

 姫はいっぺんに若者を好きになり、二人は幸せな結婚をしたのでした。

おわり

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