61.機材車の取り扱い

機材車が弱っていたので新しい車の購入を検討していた。

その際、知り合いの車屋のおっさんに新車購入を勧められたが、鼻で笑って突っぱねた。正直、新車で買う事もやぶさかでは無かったが、私の生活には誰にも理解されない、想像もできない様なリスクを秘めているので突っぱねた。ではそのリスクとはどういったものか。

機材車は自家用を兼ねていた。普段使いをしつつ、機材車としての機能も果たし、震災の2週間前に購入して約8年で20万キロ近く駆け抜けた。営業車ばりの馬車馬の働き。そんな荒ぶった使い方になるから新車購入を見送った。というのも少しばかりあるが本丸は別の所にある。機材車とは機材ばかりを乗せるのでは無い。少しばかりの夢と希望、そして何より"人"を乗せるのだ。

だがその"人"こそが最大要因である。

軽めのバンドあるあるとして、バンド仲間が人のライブ遠征に遊びがてら帯同するという事がある。我々の場合、この遊びがてら車に同乗してくるバンド仲間に問題があるのだ。簡略して言えば素行とモラルが異常なほど欠落している。

1、遠征の翌日など、地元の友人と遊んでいるとフロントガラスを指差して"これ何？"と言われる。助手席側のフロントガラス、内窓に高確率でくっきりと足跡が付いているのだ。これはどういう事か。助手席に座った奴がダッシュボードに足を上げて窓をペタペタ触っているのだ。靴の跡の時もあるが、明らかに靴下もしくは足の指の形をしている事がある。わざわざ怒る事でも無いかもしれないが想像して欲しい。人の車でそんな家みたいな事出来るだろうか。でも彼らは平気でやるのだ。だってモラルがないんだもの。

2、例えば都内への遠征となると朝から昼前頃に出発する事になる。その際、運転手と交代要員を以外は昼前から車内で宴を開始→現地到着→リハ→飯食いがてら酒飲み→ライブ開始→酒飲みながらライブを見る→打ち上げ(酒)→深夜、帰りの車内で宴開始。というのがよくある。ある日の帰り道、首都高に乗る前に酒を買うからコンビニ寄れのコールがおきた。仕方無しにコンビニへ寄る(歓喜の声)。首都高に乗って帰路へ着くが全員東北道に入る前にはほぼ全員寝落ち。それだけなら良いが、栓だけ開けて一口も飲んでいない酒が首都高のカーブで振り落とされ車内に散乱した。彼らは家でもやらない事を人の車でやってくる。そう、モラルがないのだ。

3、遠征の翌日に車の清掃をする事が多々ある。洗車場へ行き、酒のつまみの袋を捨て、飲みかけの酒を捨てる。誰かの忘れ物の整理など、色々とやる事があるのだ。ある日、いつもの調子で掃除していた所、驚愕した。思わず一人で『あ゛あ゛！！』と声を荒げてしまった。車のドアポケットから"鳥の骨"が出てきたのだ。こんな事あるだろうか。恐らく誰かがチキンか何かを食べ、残骸をドアポケットに入れたのだろう。鳥の骨と言えばまだ響きが良いが、そんなもん少し言い方を変えればただの鳥の死骸だ。朽ち果てた鳥の死骸がドアポケットに入っていたのだ。車内における快適空間の演出の為、基本的に車内で巻き起こる出来事には小言を避けてきたがこれを機に小言を言うようにした。それ程モラルが無いのだ。

4、遠征から帰宅するのはほぼ朝方。帰宅してすぐに車を整理する事はない。ある日の朝、爽やかな太陽の元、寝起きで車のドアを開けた時に思わず『あ゛あ゛！！』と声を上げてしまった。車内に割と高めのブーツを置いていたのだが、そのブーツの片足にコーヒー缶、もう片足にビールの缶。完全なるドリンクホルダー化していた。鳥の骨事件以来、小言を言うようになり皆少しだけ気を使う素振りをしていたが、私が言いたかったモラルの向上とはそういう事ではない。だが残念ながら《そういう事じゃ無い》と奴らに伝えても《じゃあどういう事なんだろう？》となるだけなのである。

ごく一部の例だが、この様な形で様々な戦いが繰り広げられてきた。こういった膨大な事例を車屋のおっさんに説明するのが面倒だったので"周りの人間の素行が悪すぎる"の一点張りを貫いていた。

だが、車の買い替えを検討している事を仲間達に匂わせた所


『うそ！嫌だ！』


やら


『思い出が沢山あるのに！』


的な言葉が湧いてきた。意外だった。その言葉を聞いて《こいつらはこいつらなりにこの車を愛してくれていたのだな》と少し感慨めいたものを感じた。ただ、車が弱ってきているのも事実。


『いや〜でもなあ、所々ガタきてる部分があるんだよなあ』


『ちょっとくらい大丈夫だって！もう少し粘ってみて！』


なかなかの情熱である。私はその愛を確かめるべく、最後にこう尋ねてみた。


『じゃあもう少し乗り続けてみるか。それでだ、今まで馬車馬の様に車を走らせて、皆を乗せて酷使しても都度掛かるメンテナンス費及び維持費というのは8年間全額俺が出してきたんだが、継続させるなら車検代だけでも少し出さない？』


『ムリ』


私は心おきなく車を買い替えた。


おわり