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89.雨と雷と爺ちゃん

私の爺ちゃんについてどこまで書いたのかあまり覚えていないのだが、爺ちゃんの思い出や見聞きするエピソードは異端な出来事が多い。

例えば、小学生にもなっていない年齢の頃、爺ちゃんの家にいたら三つ上の兄共々呼び出され《喧嘩してる所が見たい》と言われ喧嘩させられた事、グラついた乳歯を見せていたらそのまま指で歯を引き抜かれた事。爺ちゃんの家にあるタヌキだとかイタチの剥製は全て爺ちゃんの手作りだという事、飼っている鶏が敷地から出た場合、その鶏は食べるという謎のルールを持っていた事。枚挙にいとまが無い。(他にパンチの強い話が多々あるがあまり表立って話せない)。これだけ見ると気性が荒い様に見えるが全くそんな事は無く、穏やかな性格だ。昔の人の荒い感覚、少しばかりの破天荒、激しいマイルールを持っているという感じだろうか。だが、全然トリッキーじゃない話も少なからずある。

ある日の休日、昼間の曇り空。

雨が滴り落ちそうな空を眺めている時に思い出した遠い記憶。夏の爺ちゃんの家。私の年齢が5歳くらいの頃だっただろうか。

太陽が煌々と一帯を照らしていた昼間から一転、夕方に近づくにつれ灰色の分厚い雲が空を覆い始めた。雨が一滴、ニ滴と空から溢れ始め、そこから一気に滝の様な雨が降り出す。その中を畑仕事に出ていた爺ちゃんが駆け足で家に戻ってきた。濡れた衣服を着替え、頭をタオルで拭きながら私にこう言った。

『そろそろ雷様(らいさま)来るぞ。ヘソ取られるから隠しとけ!』

何故か爺ちゃんは雷を雷様(かみなりさま)じゃなくて雷様(らいさま)と呼ぶ。そしてニヤニヤしながら《ヘソが取られる》という俗説を言って幼い孫を怖がらせた。少し薄暗くなった家の中、爺ちゃんはそのまま縁側の前であぐらをかいて外の雨を眺め始めた。地面を叩きつける激しい雨音、屋根や木々に当たる様々な雨音が辺りを包む。しばらくすると雨雲の中に閃光が走り、轟音が鳴り響いた。少しだけ雷に怯えた私は爺ちゃんの背中越しに激しい雷雨を眺めている。すると爺ちゃんはこっちを振り返り、私を持ち上げてあぐらの上に乗せた。

私は爺ちゃんの体にもたれ掛かりながら外の景色を眺めた。不思議と雷への怖さは無くなっている。爺ちゃんも私を懐に抱えながら外の景色を眺めていた。何か言葉を交わした気がするが、何を話したのかは覚えていない。ただ二人で雨と雷を眺めていた。その間、ずっと私の手はヘソを隠していた。


という、何とも言えない記憶が私の中にある。何故この記憶が鮮明にあるのかは私自身不明だ。だが曇り空や雷雨を見た時に何故か思い出す景色。言葉の表現が難しいが、ノスタルジーというか淡い記憶という部類なのだろうか。もしかしたら幼心ながら幸せめいたものを感じた瞬間だったのだろうか。今回の話だけではなく、私の中に幾つかこんな感じの原因がよく分からない記憶がある。現時点で結構幸せな人生を送ってると思うのだが、これからも身近な人達とこんな記憶が作れたら私の人生はもっと豊かになっていく様な気がしている。

おわり

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