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175.お前はそれで良いのか?

生活をしていると、くしゃみが出る事がある。それは勿論私だけではなく老若男女、誰彼問わず発生する体の反応だ。ただ、単にくしゃみを出すと言ってもそのやり方は人それぞれである。

私の場合、周りに人がいない時は思う存分くしゃみをする。口から波動砲を出すかの如くそれを解き放つ。お店の中や誰かがいる場合は周囲に気を遣い、腕を曲げて肘の内側に発射する。

そしてもう一つ、私は口と鼻の通気口をガッチリ閉じた状態でくしゃみを放つという技法を持っている。

手を使わず、口と鼻の筋肉だけで完全に閉ざす力技。口を閉じた状態でくしゃみを完結させる。こうすることによって、口からの波動砲を抑え、飛沫的なものは皆無となる。音も『ングッ』といった程度のボリュームにする事も出来る。

それを終えると、何事もなかった様に生活を再開させる事が出来る。

だがその後、いつも思う。

『(・・・お前はそれで良いのか?)』と。

その矛先は私であるが、私では無い。漠然としているが恐らく私の鼻や喉辺りに言っている。

【くしゃみとは、強く息を吐き出して鼻の粘膜に付いた細菌やゴミなどの異物を外に出す反応】

要約すると、くしゃみとはこういう事だ。それに対し私は鼻と口を閉ざし、排出を抑え込んでいる。異物は外に出ていないのだ。根本的になんの解決にもなっていないにもかかわらず、体のリアクションは『ふう、すっきりした』的な状態になっている。

私の心持ち的には『いや、すっきりしたじゃねえよ』と。状況は何も変わって無いのに何を穏やかに過ごしているのだと。そういった感情になる。本来であれば《あれ!?異物吐き出されてなくない!?》と大慌てで再出力を試みるべきだと思うのだ。

『どっちにしても風邪ひいてないんだから良いっしょ』とでも思ってるのだろうか。

確かに、私が口を閉ざしてくしゃみをする→再出力は行われない→異物は鼻喉に付着したまま。この状態であれば本来私は風邪をひいて然るべしだと思うが、私は風邪をひいていない。という事はそれは異物じゃなかったという事なのかもしれない。であれば、再出力が行われないのも納得出来る。だが、"じゃあ何故1発目にくしゃみを発動させたのか"という疑問が残る。

もしかしてテリトリーに入ったものは誰彼構わず異物と見なし、とりあえず排出を試みているという事だろうか。で、1発くしゃみっぽい事をさせたから何か成し遂げたつもりになって、そこから先は"なしのつぶて"という事なのだろうか。であれば、ずさんな管理体制が露呈してしまった形になる。

適当に反応しといて、それっぽい機能を披露したからまあ良いっしょくらいの感覚。やったフリしといたってどうせ本体には分からないから良いっしょ的な。

そんなもん私(の鼻喉)が良くても、私は納得しない。

私に異物は目視できない。何をもってして異物と判断するのかの基準も持ち合わせていない。けれど貴様にはそれは出来るのだろう。そこはしっかりお願いしたい。

外部の事は私が何とかする。内部はお前の役目。そこは役割分担。言わば貴様は門番だ。そうやって何十年間も共に過ごしてきたじゃないか。

私がくしゃみを抑え込んだからといって、そこで諦めないで欲しい。私的にはくしゃみの煩わしさから解放されて問題は無いのだが、君の立場は違うだろと。

役目を果たしてくれれば何でも良いのだ。やり方を問うてる訳ではない。その方法は別にくしゃみじゃなくてもいい。そんな強硬な姿勢に出なくとも、体内から溢れ出す吐息に乗せてそっと異物を元の世界に戻してくれたって良い。

鼻毛と共闘して、鼻毛のバネを使って外に追いやったって良い。私の身体で使えるものがあるなら使ってくれて良い。

勿論、それが細菌だろうと一時なら仲良くしてくれたって構わない。生きてりゃ色んな事がある。出会い方だって様々だ。最終的に“もうこっちの世界には来るんじゃないよ"と帰してくれれば特に言うことはない。そこは自由にやってくれて良い。

ただ、恋はするな。お前らが恋をして添い遂げようとするのなら、ゆくゆく私の身体に異変をきたす事になる。熱だって出るだろう。私が熱を出すという事はどういう事か知っていると思うが、私の免疫細胞がこぞってお前の恋人を根絶やしにしようと襲いかかるだろう。それはすまないが、私の意思では制御出来ない。私はそんな別れ方はさせたくない。それは禁断の恋なのだ。だから恋はするな。

そんな事を我が鼻と喉に問いかける。

割と自由を与えているつもりだ。やることやってくれ、恋はするな程度の制約だけだ。それ以外は生活を謳歌してくれて構わない。

たまにミスしたって構わないんだ。わざわざ咎めるつもりはない。そんな事だってある。

頼むぜ。我が鼻と喉。

おわり

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