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123.遭遇

20代半ばくらいの頃。ちょうど今くらいの季節。花見に誘われた私は数人で酒を飲んでいた。

場所は桜が茂る山の麓。そこには花見で酒を飲む人々の為に仮設的な居酒屋が建てられていた。
とはいえ教室3つ分程のそこそこの広さがあり、何故かカラオケなんかも設置されている。我々はその一角で酒盛りをしていた。

他の地域の花見は分からないが、東北の花見は日中の暖かい気温に合わせた服装(薄着)でそのまま夜の花見に参戦すると手痛い目にあう。春とは言え、夜は冬の様相を取り戻すのだ。その日、若かりし私はまんまとその法則に引っ掛かり、凍えながら酒を飲んでいた。

寒さを振り切るように酒を飲み続け、多少酔いは回ってきているが寒さが邪魔をしてあまり楽しめない。そこに追い討ちをかけるようにおっさんがカラオケで熱唱しまくっている。非常にうるさく、大きな声を出さないと会話が出来ない。しばらくそんな状態で飲み進めていたのだが、ある事実に気が付いた。

《同じ人が延々と歌っている》

と。数曲連続で歌いっぱなしだ。曲の合間に小慣れた感じで

『今日は母親を連れて花見にやって参りました!』

などと言葉を挟んでいる。そして再び歌う。

『(・・・う、う、うるせえな。何なんだよもう!)』

と、おっさんの方に視線を向ける。

『(・・・ん!?)』

居合わせた客数名が何故かそのおっさんにカメラを向けている。

そして私は気付いた。

『(ゴージャス松野じゃん)』

若い方は分からないと思うが、2000年初頭にワイドショーを賑わせた人である。何故ここに?と思ったが彼が福島出身と聞いた事があるので割と納得した。こんな田舎でテレビに出てる人を見かけるのは珍しいのでこの日の事はよく覚えている。

それから数ヶ月後。

なんの用だったかは忘れたが、私は駅前のビルにいた。エレベーターに乗り込み、目的階のボタンを押す。エレベーターの中には私の他に背の高い中年男性が1人。ぼーっとしながら目的階への到着を待つ途中、先に男性が降りて行った。その後ろ姿を眺め、ドアが閉まる間際、中年男性の横顔を見た時に思った。

『(・・・ん!?)』

長身、色黒の肌。濃い目の顔つき。

『(ゴージャス松野じゃん)』

何故こんな所に?と思ったが花見にもいたし、地元なんだろうし、いてもおかしくは無いかと思った。

それから数ヶ月後。

夜、私は友人とファミレスで夕飯を食べていた。他愛もない会話を繰り広げるいつも通りの日常。その途中、友人がトイレに行くため席を立った。何気なくその歩き姿を目で追っていると隣の席が視界に入った。隣の席には年配の女性と中年の男性が2人。3人で食事をしている。その中年男性の片方を見た時に思った。

『(・・・ん!?)』

色黒の肌。濃い目の顔つき。

『(ゴージャス松野じゃん)』

かれこれ3度目である。学校を卒業してから一度も会っていない友人も多くいるのに、たった数ヶ月でこれほど会うとは。もしも私がファンか何かだったらこんな偶然は興奮のルツボだったかもしれないが残念ながら特にそういう事でもないので、ただただ食事を進めた。

そして食事を進めながら

【一方的にこちらが認知しているだけだが、これだけコンスタントに遭遇するのは何かの思し召しか何かなのだろうか?もし次に会う事があれば少し接触してみた方がいいのだろうか?】

そんな事を思った。

それから十数年。

あれ以降一度も遭遇していない。別に会いたい訳でもない。非常にどうでも良い。感情的には《無(む)》である。ただ『(ありゃ何だったのだろう)』そんな言葉が思い浮かぶ。

巻き起こる出来事に対して、それぞれ何かしらの意味があるのならば一体何の意味があったのだろう。今の所【若い頃に色黒のおっさんと3回遭遇した】程度の事である。

という一連の出来事。わざわざこんな事を書く必要など無かったと思うのだが、先日、花見の話を書いている時にふと思い出したので思い付きで書いてみた次第だ。そして書いてみて思った。《今までの書き物の中で一番中身が無い》と。

まあいい。100回以上文章を作っていればこんな事もあるのだ。

おわり


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