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188.夜の生き物

年始、寝てる最中にケツやら足が攣(つ)った日が続いた結果、体を動かす事を決意した。近所の競馬場の外周を歩く約3キロのウォーキングである。

開始したのが今年の2月。あれから約半年が経過しようとしている。

そして現在、やはり体を動かすという事は性に合わないので早めに断念をしていた。

なんて事にはならない。自分に課したルールは守る習性があるので今も続けている。数ヶ月続けた結果、歩く頻度や条件はライフスタイルに合わせて徐々に変化し、平日の天候が健やかな夜に歩くという所に落ち着いた。

連日同じ様な時間に同じ道を歩いていると、その景色に飽きが来そうだが、意外とそんな事はなく、季節の移ろいなどを目と肌で感じながら歩いている。

雨が降りそうな時は暗闇の夜空と睨めっこして『今だ!今なら行ける!』と出陣した結果、途中で土砂降りの雨に見舞われ『ひゃー!退散退散!』と引き返すなど、それなりの盛り上がりを見せながら過ごしているわけだ。

当初は歩いても夜中に足が攣る事があり、もはや何の為に歩いているのか目的を見失った日々もあったが、気付けば攣る事はなくなり多少は健康的な方向に向かっている様な気がしているのである。

そんな日々を過ごしていた昨今。季節は梅雨。この日も雨上がりの夜空と睨み合いをした結果、出撃する事にした。多分大丈夫だろうと。

というか今、これを書いてる今思ったが、歩く前に天気予報を見れば良い事に気がついた。文明の利器があるにも関わらず丸腰で大気と戦っていた。まあ別に良いけれど。話を戻そう。

私は雲が広がる闇夜の下を歩き出した。

雨上がりのジトッとした空気が肌にまとわりつく。だが比較的風は涼しげで歩きやすい。夜空を眺めながら歩くと自然と民家の光が目に飛び込んできた。網戸にレースのカーテン。部屋の灯り。人の生活模様が伺い知れる平和な空気感。

住宅地を抜けると大きな病院が鎮座している。私が歩く21時から23時の間は消灯時間なのだろう。灯りの消えた窓が立ち並び、職員がいると思われる部屋が煌々と光を放っていた。

今の所、雨の降る様子は無い。湿度が多少の弊害だが基本的にはこの日も快適なウォーキングである。

競馬場の外周に入ると、その道中に設置された虫取り装置が激しい音を鳴らしいている。青い光で虫をおびき寄せ、高電圧でやっつけるあの装置である。バチバチッ、バチバチッと物々しい音が辺りに響き渡っている。

それを眺めながら《割とえげつない装置だな》などと考え込んでしまう。

何というかこう、虫との距離の取り方の代表例として“網戸"というものがあるが、これは人のテリトリーに入ろうとした虫に対して壁を隔て、《叶わぬ恋なのです。さあ別の場所にお行きなさい》的な優しさが垣間見れる。

罠という観点で言えば例えば山の中で猪やら熊に対して罠を張り、それに引っかかった場合、そこから先はこちら次第という"猶予"が設けられている。

だが、それらに比べ、この装置はどうだ。虫が好む光で誘惑し、それに触れたら即死という、なかなかの殺戮兵器っぷりではないか。《マラソンの給水所のドリンクが全部お酢》的な非常さ。

【この装置の作者は虫に対してどれほどの恨みを抱いていたのだろうか】

なんて事を悶々と考えていると、気付けばウォーキングも終盤に差し掛かっていた。

そこそこ考え事に集中した状態で迎えた最後の十字路。そこを曲がり数歩ほど歩いた時、今まで聞いたことのない音が足元から聞こえた。あの音をどう表現したら良いか分からないが、あえて言葉にするのならこんな音である。

ピギャッ

集中していた状態、暗闇、そんな中突然響いた聞き慣れない音に私の身体はビクッ!と反応し、咄嗟に音の鳴った方を振り向いた。だがその瞬間

『(痛っった!)』

脇腹が攣った。

『(あいたたた)』

何故、身体が攣るのが嫌で始めたウォーキングの最中に攣らねばならぬのか。無念極まりない。

『(いたたた・・さっきの音、何?)』

聞き慣れない音だった。側溝に流れる水が発した音だろうか。
脇腹を抑え、腰を曲げながら音の鳴った方を凝視すると、見慣れぬシルエットが見えた。

『(ぬわああ!)』

私の足元の1m先にドブネズミがいた。恐らく先程の音はこいつの鳴き声だ。

『(こわああ!でかああ!)』

咄嗟にその場から脱出をはかる一歩を踏み出す。

『(痛っった!)』

突発的な動きにより、脇腹に再ダメージをくらう。脇腹を抑えつつ数m距離を取り、遠くからネズミの様子を伺う。

『(iPhoneくらいあんじゃん!)』

iPhoneサイズのボディにシッポがついている。デカい。というか怖い。大人になってから都内のゴミ捨て場で遠目に見かけた記憶はあるが、こんな間近で野生のネズミを見るなど小学生以来の事だ。ハラハラする。

しかも私はハーフパンツ。生足をさらけ出した状態だ。基本臆病な生き物というのは存じているが、万が一、"窮鼠(きゅうそ)山田を噛む"という事があったら大変だ。

私は後ずさる様にその場から脱出した。

それにしても怖かった。

だが何故あんなに小さな生物を怖く思ってしまうのだろうか。ネズミが約20センチだとしたら私は185センチ。9倍もの体格差があるのだ。置き換えると、私の身長の9倍は約16m。この星において16mクラスの動物はマッコウクジラが該当する。率直にそんなデカいやつと対峙するのは恐ろしい。

それを思うとネズミが私を脅威に思うのは当たり前だが、私も恐怖を感じてしまっている。戦ったら私が勝つ事は明白だ。何なら右手一本だけで何とかしろという縛りがあっても完勝出来るだろう。なのに怖い。不思議だ。

素早さ、トリッキーな動き、見た目、噛みつかれるリスク(病原菌持ち)がその要因になり得るのかも知れない。他にも話し合いも出来なけりゃ、いざとなったら攻撃を仕掛けてくるという可能性もある。そんな野生の暴力団的な振る舞いが脅威なのだろうか。分からん。

『(まあ、体格差がどうあれ向こうが仕掛けてくるなら徹底的に交戦してやる)』

なんて事を思った時にふと思った。

『(ああ・・虫取り装置作った人もこんな気持ちだったのかな)』

あの作者の気持ちが今なら少し理解できる気がした。

おわり

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