173.精密検査 〜問診編〜
健診で大腸ガンの疑いを告知されてから約1週間後。私は近所の病院に電話し、精密検査の予約を確保した。
検査前の問診が6日後の3月22日の金曜。検査日は約2週間後の4月1日。
ここまで体調に異変など無くメンタルのしんどさが優っていた。だが、どうも検査の予約を取った日辺りから身体の異変を感じていた。最初は無視していたのだが徐々に無視できない状況になっていった。
何もしていないのに吐き気がする。少し胃に痛みというか違和感を感じる。胃なので関連性は無いと思っていたのだが、時間の経過と共にヘソ周りや脇腹などに鈍痛を感じる様になった。食欲も無くなり、メシを食べても箸は進まず、食べている最中に異様な頻度でゲップが出てくる様になった。
今まで生きてきてそんな症状に見舞われた事など無く、これが病状が進行した症状なのか、無関係の別の何かなのか判別などできる訳もなく、あまりにタイムリーに現れた胃腸の症状という事で、もしかしたら良く無い方向の可能性もあるかもしれないと思った。そしてそれが更に精神的な負荷となり重くのし掛かる。
検査前の問診は6日後の予定だったが、予定を早めて問診を受けそのついでに症状を見てもらおうと決めた。
2日後の月曜日。病院へ行き受付を済ませると長い待ち時間が待っていた。たかだか30分程度だったと思うが長い長い時間に感じられた。そしてようやく名前が呼ばれ、診察室へ入る。
先生は50歳程度の男性。優しい雰囲気を出している。先生から検査の概要など説明を受け、一通りそれを終えた後に先生にこう言われた。
『何か具合が悪いとか、気になる事はありますか?』
よくぞ聞いてくれたと、藁にもすがる思いで現在の症状を伝えた。
『そうですか。じゃあそこに寝てください』
お腹を出してベッドに寝転がり、触診を受ける。
『ここはどうですか?』『ここは?』『どの様な痛みですか?』
テンポ良く診察が進む。そして先生からこう言われた。
『これは・・・便とガスが溜まってますね・・・』
『それは・・・つまりどういう事なのでしょうか?』
『胃腸の動きが悪く・・便とガスが滞留した状態です』
『なるほど・・・あの・・先ほど胃の痛みやゲップや吐き気があるとお伝えしましたが、それとこれは関係あるのでしょうか?』
『・・・あります』
『そうですか・・・あの・・それと大腸ガンとの関連性はあるのでしょうか?』
『・・・無いとは思いますよ。ただ、それも含めて検査の時に見てみましょう』
『・・・分かりました』
病は気からとでも言うのだろうか。胃腸の動きが悪くなった結果、糞詰まりを起こしたようだった。完全に疑惑が晴れたわけではないがとりあえず一応はセーフ。多少肩の荷が下りた気がして少しテンションが上向いた。
『腸の動きを良くする薬出しておきますね。あと、この後まだ検査当日の説明がありますので終わったら別室に移動をお願いします』
そう言われ、移動すると看護師の方からマンツーマンで詳細な説明を受ける。看護師の女性はお喋り好きなおば様という感じの方で、時々冗談などをはさみながら説明をしてくれた。
簡単に言うと内視鏡を入れるので検査当日の朝には腸内の便を全て排出する必要があるという事だった。計画的には
・検査の3日前から薬で排便を促す
・検査当日に下剤でとどめを刺す(全て出し切る)
という工程。
そして当日飲む下剤に関して、私に選択権があるらしく3種の方法を掲示された。ただその内の1つは飲み方が複雑で分かりにくかった。
『あの、すいません。説明してもらったのに申し訳ないのですが、ちょっとややこしいと感じています』
『おほほほ、そうなの。これ分かりにくいですよね。皆さんそう言われるんですよ。なので、大体2種類から選ぶ方が多いですよ』
『なるほど、じゃあ次の候補はどんなものでしょうか?』
『これです』
現物が目の前に置かれる。何やら大きめのビニール製の袋だ。
『この中に粉末の下剤が入っているんですが、2リットルの水を入れて溶かして、当日の朝、検査までに全部飲んでもらいます』
『ぜ、全部?2リットル?当日に?』
『おほほほ、そうなんです。大変なんですけど腸の中のものを全部出し切ってもらわないと検査出来ないんで』
『2リットル・・・なるほど・・分かりました。そしてもう1つはどんな方法でしょうか?』
『なんと、下剤50錠飲んでもらいます!』
『あははは』
陽気というかなんというか、冗談が好きな方である。
『それでね、その錠剤なんですが』
『・・ん?・・』
訂正せず、説明を続けている。
『あ、いやちょっと待ってください』
『はい?』
『錠剤・・50錠?』
『おほほほ、そうなんですよ。それだけでお腹一杯になっちゃいそうですよね!』
冗談などでは無かった。
『・・・なんですか・・その・・50錠がこのお腹に入るって事ですか?』
『そうですよ!』
『(マジかよ)』
どの道を選択しても苦行のようである。少し迷ったが結果的に2リットルの道を選んだ。
その下剤は【ニフレック】と呼ばれる物。
これはただ飲めば良いという物ではなく、飲み方がある。1回200mlを15分かけて飲む必要があり、それを10回繰り返す。約2時間半もの間、その下剤を飲み続けなくてはならない。
そして何セット目に何回排便があったのかを記録しなければならない。それ用のチェックシートと200ml用のコップも渡された。更に飲み始める時間も指定されている。
それを踏まえ検査当日のスケジュールは次の様になった。
⚫︎朝5時〜5時半・・起床と準備
⚫︎5時半〜8時・・ニフレックと排便
⚫︎8時〜10時・・排便、休憩
⚫︎10時〜10時半・・出かける準備と移動
⚫︎10時半〜11時半・・病院入り、検査準備
⚫︎11時半・・検査開始
⚫︎検査後、病院で1時間休憩して帰宅
思っていたより忙しい。というか思っていたより早起き。仕方ないのだが。
こうして問診を終えた私はニフレックを手に病院を後にした。
ひとまずこのお腹の違和感は大事に至らないという事で少し気が楽になった。何となくの勘だが、検査結果も多分大丈夫だろうという気持ちも芽生えてきた。
だが、少し晴れやかな気持ちで帰って帰っている時に気付いた。というか思い出した。
病院で診察を受けている時はその場の雰囲気に呑まれてあまり意識していなかったのだが、精密検査は内視鏡を使うと言っていた。つまりケツからカメラを突っ込むのだ。おかしな事である。出す専用の肛門に逆行してカメラを入れるのだ。マジで嫌だと思った。
更に家に帰ってから問診の時に渡された検査の書類に目を通すと《検査の時に安定剤を注射します》などと書かれていた。恐らく検査時の痛みやら感情の起伏やらそういったものを落ち着かせる為のものかと思うが、なんだかよく分からないものを注射されるのかと思うと、これもあまり気乗りするものではない。
それから2週間、また様々な事に思いを馳せながら日々を過ごした。楽しみにしていたライブにも行き、その日だけは酒を飲んだ。ほとんど検査の事など考えず楽しく過ごせたが、少しだけ『(しばらく酒も飲めなくなるのかな)』などと考える瞬間もあった。
検査の3日前、ついに嫁に検査を受ける旨を伝えた。リアクションは想像通り。表情を曇らせ、心配そうな顔にさせてしまった。それを見た時に『(やはりこのタイミングで良かった)』と思ったが、嫁から『それでも言いなさい』とやんわりとお叱りを受けた。ちょっと反省した。
この2週間、何故か勘で"多分大丈夫だ"という気楽な心持ちでいたのだが、2日前、1日前とその日が差し迫るにつれ巨大な恐怖に包まれる時間が増えてきた。検査結果もさることながら、内視鏡と安定剤という不安要素も加わっている。
検査前日の夜、疲労感で少しでも寝つきが良くなる様にと、気分転換も兼ねて夜の道をウォーキングをした。
いつもと変わらない風景。当たり前だが、いつも通りの生活の営みが世の中に溢れていた。
そして4月1日、検査当日の朝を迎えた。
つづく
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