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183.きのこの国

住んでいる街の通い慣れた道を通っていると、たまに気づく事がある。

『(・・・こんな建物あったっけ?)』

とか

『(・・・こんな店あったっけ?)』

とか。

あまりにも日常の風景と化していてその存在を認識していないのだ。この街に何年住もうが、その道を何回通ろうが、そういった事がよくある。

先日も地元の田舎道を車で走っていると、あまり見慣れない看板が目に入った。何度も通った事があるが初めて認識した。古い看板なのでだいぶ昔からここにあったのだろう。

《きのこの国 〇〇m先》

信号待ちをしながらしばらく眺めてしまった。

『(・・・日本の領土の中に別の国があったとは・・)』

知らなかった。バチカン市国的な事だろうか。

名前から察するに、きのこに統治された国なのだろう。湿気が強そうである。法もあるのだろう。であれば、一体どんな法が定められているのだろうか。どんな民衆がいらっしゃるのだろうか。様々な憶測が飛び交う。

昨今の研究ではきのこが雨を降らせている可能性も出てきているらしい。地球を陰から操っているともいうべき、きのこ。

そしてふと思うのだ。

『(・・・きのこの王様って誰なのだろうか)』

考えた事も無かったが、きのこの王様は?と世間に問えば、ほぼ満場一致でマツタケの名前があがってくるだろう。まあ分かる。私も好きだ。しかし、調べてみると"所変われば品変わる"とはよく言ったもので、欧州になるとポルチーニ茸が筆頭になっているらしい。

『(・・・ほう、なるほどなるほど・・)』

『(・・・いや、待てよ・・そういうことじゃ無いよな・・)』

完全に王の基準が"旨いかどうか"になっていないだろうか。ものすごく人目線過ぎるというか、舌目線過ぎる。こっちの都合で『お前が王だよ』と栄誉を与えたのに、その後食べるのだ。

よく食べられる王って何だろうか。どちらかと言うと奴隷筆頭。これでは国を統治出来ない。というか、きのこの国の事はきのこが決めるべきだと思う。我々が口を挟むべき問題ではない。

じゃあ、きのこにおけるきのこの王とはどういった条件で何が支持される要因になるのだろうか。

やはり惹きつけるものが必要になる。『ウチの頭はやっぱイカしてるぜ』と思わせなければならない。となると、先に述べた様に君主が食べられやすい者ではいけない。最大の捕食者"ヒト"から避けられるほどの猛者である必要がある。

外交もあるだろう。侵略もあるだろう。そんな時にヒトを跳ね除ける強力な能力。それは"毒"である。

ただ、毒だけ備えていてもいけない。危害を一方的に及ぼすだけでは世界中の嫌われ国家になってしまう。となると、魅力が必要になる。皆を惹きつけてやまない魅力。それは結局"美味しい"という事だ。美味しいけど毒がある。毒があるけど美味しい。正対した特徴が魅力となり、"ああ、お近づきになりたい"と思わせる事が出来る。

そんな特徴を兼ね備えた者などいるのだろうかと調べてみた所、いらっしゃった。名前だけなら知る人ぞ知る存在。

ベニテングタケである。

ベニテングタケが有する毒は大きく分けると3種類

・ムスカリン → 発汗、下痢、嘔吐
・イボテン酸 →幻覚作用
・ムシモール →深い眠りに落とす。昏睡になる事もある

幻覚を見せたり、眠らせたり。その能力は魔法使いと変わらない。防御体制はバッチリである。そして、美味しさに関してはイボテン酸が旨味の塊だと言う。なんとあのグルタミン酸の10倍の旨みを持つらしい。

ただ、イボテン酸を持つキノコは他にもある。テングタケ、イボテングタケ。同族である。こいつらにも王の資格はあるのかもしれないが、私がきのこならベニテングタケを推すだろう。

なにせ見た目が異なる。赤を基調とした華やかな姿。その華やかさの中に危うさが漂う。そこにカリスマ性を感じる者もいるのではないだろうか。

華やかな見た目、ヒトと対等に渡り合える能力、旨みという魅力。そんなカリスマがヒトを倒した日には『やっぱウチの頭はやっぱイカしてるぜ』と心酔する民衆も現れるだろう。

『(という事で、きのこの国の王はベニテングタケが適任だな)』

という結論に至ったのである。



という雑観。



ええ、分かってますよ。

何度も思いましたよ。

私は一体何を言っているのだろう ってね。

看板を見かけたその日、ここまでの事を頭で思い描き、文章化出来そうだなと思い、さあこれを書くぞと意気揚々と筆を走らせたわけだ。

一気に書き上げるわけではない。時間の合間を見ては日々頭の中の言葉を書き起こしていくのだが、日を追うごとに冷静になる自分がいて『(いや、何言ってんの?)』とは思ったよ。

でもね、ベニテングタケが適任と思ったのは事実なわけで、それを捻じ曲げるわけにもいかず、嘘をつくわけにもいかないから赤裸々に書いたよ。

いいかい?

齢40を迎えた男が胸に抱いた思いを赤裸々に語った手記、その内容が《ベニテングタケが適任》なんだよ。

なんだかよく分からないけど、同じ時代を生きる中年達に色んな意味で勇気を与えた気持ちになっているよ。

おわり

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