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158.2023年終幕

2023年最後の日である。

早いものだ。ベタに時の流れが年々早くなっている気がする。いや、さすがにもう"気がする"という次元ではない。露骨に、あからさまに早くなっている。10代の頃は1週間という期間はそこそこの長さで、1週間あれば何でも出来る感があった気がするが、今の1週間は2、3日寝たら訪れてしまう感覚である。

だが流れが早かろうと遅かろうと、赤子からお年寄りまで全てが1年365日という時間を過ごしている。365日=31536000秒。等しく訪れた時間に対して皆さんはどう過ごして来ただろうか。

あれをやった、これをやった、あれができた、これができた。あんな事があった、こんな事があった。と、色んな事があったかもしれない。何かをやって人生が少し進めたのならそれは良い事だろう。もちろん、やらなくても良い。それは義務ではない。それぞれの人生。それぞれが決める事だ。もしかしたら何かをやらない事で何かを学べるかもしれない。それもまた前進だと思う。

時の流れに脅迫され、何かに追われる様に焦ったり、何かと自分の現状を比較して勝手に落ち込んだり、最近そんな話をよく耳にする。そんな話を聞くと《そんなもん気にしなくていいのに》と私は思うのだ。

時の流れは変えられないし、焦っても変わらない。それぞれのやり方、タイミングがある。例え気付くのが遅いと言われても、その人が気付いたのがそのタイミングなのだからきっとそれがベストだったのだろう。そう思うしか無い。

何かと自分を比較するなんてもっての外で、この国の人が抱えるストレスの大半が他者との比較だ。三者三様というか、それぞれの能力に差がある事は明白なわけで。

現在の世の中に適した能力を持った人もいれば100年後の未来に特化した能力を持つ人もいる。全てはたまたま生まれ持った個体差の話だ。それを勝手に同じ土俵に上げて、誰より出来た出来ないと騒ぎ立て、自分は出来たと人を見下しても仕方なく、出来ないと嘆いても仕方ない。

結局は自分とどう向き合うかだけなので、そんなもんは無意味だ。それぞれの価値はそこに集約されない。

妙にポジティブ過ぎな話で胡散臭さもあるかもしれないが、ネガティブが良い方向に転ぶなんて事はそんなにないのでこのくらいが丁度いいと思うのだ。

もちろんこれは私の考えなので押し付ける気は無い。好きに過ごしたら良いが、考えた方一つで日々は変わると思うので、むやみやたらにネガティブになるのもちょっと勿体無いと思うのだ。

来年はもっと楽しくワクワクする事に思いを馳せながら過ごしてみるのも良いのではないだろうか。来年と言っても明日だけど。

世の中を見渡すとそんな事言ってられない状況なのかもしれない。海の向こうのドンパチやアレやコレ。国内情勢もそう。思う事は多くあるのだが、そういった事ではなく、己との向き合い方の話である。

今回はそんなところだ。

今年の投稿はこれにて終幕である。

今年もお世話になりました。
色々とありがとうございました。
2024年もよろしくおねがいします。

おわり

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